コラム・エッセイ
No.21 今、流行の断捨離…
美人薄命 走れ!おばさん 中村光子週2回、燃えるごみ出し日がある。早朝、ごみ出しした後、押入れの前に新しいゴミ袋を広げ、大切に保存している年賀状の束を取り出し、1枚ずつ丁寧に読み返してから、4つに切り裂いてゴミ袋に投げ込む。少し決断がいる。1度に約100枚程度処分する。その上へ家庭ゴミを入れたら誰の目にもさらされずにすむ、と考えたのだ。年賀状の次は、写真整理と決めている。
私が高校時代の頃までは、写真は貴重なものだった。写真の隅っこに、ちょこんと小さく写っていると、少ない小遣いをはたいて、アルバム帳へ貼りつけ飽かずに眺めたものだ。
やがて、猫も杓子もカメラを持つようになり、ところかまわず、パチパチと写真をとりはじめた。今やスマホの時代だが、それはさて置き、撮りためた写真は整理もせず、菓子箱などの大きな箱に入れ、押入れの奥につっこんだままだ。
手紙・写真にはじまり、本・洋服・食器・家具等々、考えもなしに買い求め、家中が物であふれてしまった。ケチな私は、それらの物が、簡単には手離せない。
今、流行の“断捨離”という言葉は、何処からきたのかと、我が愛読書、広辞苑(1992年版)で探したが、載っていない。
使い慣れない携帯電話で調べてみた。
断行―不必要な事柄を断つこと。捨行―不必要な事柄を捨てること。離行―無用な執着心から離れることを意とする…と。
これを片づけに応用したのが、現在使われている“断捨離”と言うのだそうだ。
私の毎日は、目の前にある物や道具で、日常生活は間に合う。つまり、いったん、戸棚や押入れに、物をしまい込むと、使わずとも事足りる。ま、物忘れもあるが…。
ならば、思い切って処分すればよいのだが、終戦直後の物のない頃の体験から、今日までを生きてきた私には、おいそれと、物を捨てることが出来ない。
洋服屋を廃業して、かつての店だった所を皆の遊び場にした。その時、居間も少し手を入れ、思い切って本を処分したのだが、まだ未練たらしく残した本が、行儀良く並んでいる。どうしても、手離せない、愛しい本たちなのだ。
ある時、娘に言った。
「この家のもの全て母の宝物ですが、あなたに、ぜーんぶ、差し上げるわ」
「いりません」
娘は即答した。可愛気のない娘だが、そうかも知れん。
美人薄命だが、もう少し長生きせんと、処分に時間が足らんかも。
