コラム・エッセイ
No.22 黙祷(もくとう)
美人薄命 走れ!おばさん 中村光子うろ覚え書きで書いてはいけないことは、百も承知で書いている。キルト作家湊啓子との出逢いが、何年前だったかは思い出せないのに、はじめて出逢った日のことは、昨日のように鮮明だ。
その日の朝、10時頃見たことのない素敵な女性が、我が店へ入って来られた。狭い店内をぐるりと見渡し、迷いもなく1枚のブラウスを買われ「私、湊啓子と申します」と、おっしゃったので、私は連られて「中村光子です」と、オウム返しに答えたのを覚えている。
有楽町の片隅で流行らない店へ、突然現れ、迷いもなく洋服を買われるお客様は、皆無だから、私は大いに面食らった。
湊さん(徳山市出身)は、ご両親の看護のために、帰郷されたばかりの頃だ。私は湊さんが、NHKのキルト教室の講師だったことも、毎年、東京ドームで開催されるキルト展でのお世話係や講師だったことなど、知るよしもなかった。
更に、ご夫君の転勤に合わせて、転任地に同行されておられたそうだ。その転任地でも、湊さんのお人柄から、沢山の生徒が教えを乞うて集まったそうだ。
徳山へ帰郷され、地元のデパートでの作品展にも、私は友人達と欠かさず観に行った。そして、湊キルトファンになったのは言うまでもない。
湊キルトの特長は漢字キルトだ。大きな布一面に“道”“颯”“恋”“夢”等の漢字が色鮮やかにキルトされている。布地に合わせた特質を生かした手法で筆圧や漢字の書き順に合せてキルトをするなど、作品全体に、湊さんの感性が漲(みなぎ)っていた。
湊キルトに惚れた私は、友人を集めて我が家で教えを乞うことにした。やさしい湊さんは、基本からみっちり教えようと準備万端整えられたが、私の友人たちは、海千山千の強者揃いで、悪びれもせず、自分の作りたい作品の材料を持ち寄ったのである。それらは、ベッドカバーであり、手提袋や敷物等で、初心者の習い事ではなかった。
呆れた先生は言われた。「何でも好きなものを作りなさい。私がそれに合わせましょう」ここが湊さんの心の広さだ。私は言葉もない。
湊さんの作品と弟子の作品展を開いた時、新米の我々も、臆面もなく出品したりと、楽しい思い出も沢山ある。
両親を看取られた後、湊さんも病におかされ入退院を繰りかえされた。そして突然、本当に突然、湊さんの訃報が届いたのである。
悲しみを引きずっている。湊作品を身に纏い、鏡の前に立って見る。涙でにじんで見えない。
