2026年07月23日(木)

コラム・エッセイ

No.6 伊達得夫著『詩人たち―ユリイカ抄―』より

美人薄命 走れ!おばさん 中村光子

 前号で、尊敬する詩人礒永秀雄(故人)と伊達得夫のことを書く、と言った。礒永先生のご子息から送られた、伊達得夫の本を一気に読んだ。興奮と張り切りすぎで、ここで筆が止まり、後が続かない。

 両氏は、朝鮮の京城中学時代の同級生だ。伊達得夫の本に「スヰトピイーと駱駝」と題した章がある。

 詳しい経緯は別として、ある日、伊達の所へ礒永から「君は京城中学にいた伊達得夫ではないか?」という書き出しではじまるぶ厚い手紙が届いた。伊達がその名前を思い出したのは、スヰートピイーのような頬を紅潮させながら「キオツケー」と、号令をかけた少年が、礒永秀雄だったのだ。そうだ。

 礒永が小郡で高校教師をしていた頃、山口で『中原中也の手紙』という本を取り、定価を見るために奥付を開いて、発行者が伊達得夫とあり、こんな偶然があるのかと、その本を買った。

 そのため、礒永は帰りの汽車賃まではたいたので、暗い夜道を小郡まで歩いて帰った。と書いている。

 礒永先生は、その翌年に、同人詩誌『駱駝』を発行された。以来、伊達氏に駱駝を送り続けられた。“同人詩誌で、途切れることなく発行している詩人を知らない〟と書いている。

 私が『駱駝』を知ったのは高校時代だ。3年の時はクラス担任でもあった。

 礒永先生のご子息の泰明氏から来た手紙に“父は、高峰秀子のプロマイドを持っていた。それは「秀」という字が同じだからと考える”との添え書きに思わず笑ってしまった。

 先生は、東大在学中に、東宝の助監督に内定していたそうだ。“戦争がなかったら、恋愛映画を撮っていたかも…。高峰秀子が松竹から東宝へ移籍したのが大きく影響したかも〟と付け加えてあった。

 「父は、たまに荒々しい詩を書いていたことがありますが、私は瀬戸内のような澄み切った穏やかな詩の方が断然好きですね」と、したためてあった。

 先生の詩碑が、室積湾を背景に建立した時、天志・泰明兄弟が帰郷され、ふたりはそれぞれに感謝の辞をのべられた。泰明氏は、話の途中、振り返って海をみつめられた。私はそれを鮮明に覚えている。

 何年か前、泰明氏は室積に古民家を買われた。『駱駝』を少し持っている私は、そこへ詩誌を収めたいと思っている。

 4月1日、礒永秀雄を研究している友人と詩碑に会いに行く。それを泰明氏に話したら、コロナ禍だが、できればその日に合わせて帰郷したいと言われた。私たちも是非お会いして先生との思い出話がしたい。

LINEで送る
一覧に戻る
今日の紙面
出光興産

出光興産徳山事業所は、エネルギーと素材の安定供給を通じて産業や暮らしを支えています。環境負荷低減や安全操業に取り組み、地域とともに持続可能な社会の実現に貢献していきます。

スバル合同会計 周南事務所

相続時や建物の購入売却時の相続税・資産税のご相談。
大切に育てた事業の譲渡や事業の拡大にむけて、複数の専門業者との提携で、お客さまの求める結果を一緒に目指します。

周南公立大学

2024年春、周南公立大学は新学部学科を開設しました。経済経営学部(経済経営学科)、人間健康科学部(スポーツ健康科学科・看護学科・福祉学科)、情報科学部(情報科学科)の3学部5学科体制となりました。大学の活動や入試情報も随時公開中!

山田石油株式会社

ソロや友達と過ごす「おとなじかん」から、親子三世代で過ごす「かぞくじかん」も楽しめる日帰りレジャー施設「くだまつ健康パーク」。屋内で遊べる施設や岩盤浴、サウナも充実!