コラム・エッセイ
No.33 パラリンピック終幕の日
美人薄命 走れ!おばさん 中村光子東京2020のオリンピックに続いて、パラリンピックも、9月5日に閉幕した。パラリンピックで貰った感動を書きたい。オリンピックの各種目競技は、感動のため息と称賛の外ない。優れた運動神経を持った選手が、更に、努力研鑚を積み重ねて、素晴らしい結果を得たのだ。
だが、パラリンピック出場の選手は、障害を持って生まれたひと、五体満足に生まれたが、成長の過程で、病気や怪我や事故等々で、身体の一部分が欠損したりで、多くのひとは失意のどん底を体験したのだ。
やがて、彼らは、痛み・苦しみ・不自由さ等の困難を克服して立ち上がった。その苦難の道程は、平凡に生きている私には想像に難い。パラリンピック4400人の選手は、各自の個性・能力・気力で限界に挑んだ。
彼らは言う。
“それぞれ自分の持っている多様性を認め合い、尊重することで、おたがいに、想い合うことが出来るのだ…”と。
パラリンピック最終日のメーンイベント、視覚障害女子マラソンに出場した、道下美里の力走を、テレビの前に正座して見た。下関市出身で身びいきもあったが、若いと思い込んでいた道下が44才と知って大いに驚いた。
前半の伴走者、青山由佳さんと息の合った走りは、安心して見ることが出来た。そして、後半の伴走者、志田淳氏が2人の背後から静かに伴走テープ(?)を受け取ってから、走りに加速がついた。時々、志田氏は笑顔で道下に声をかける。道下がそれに答える。
どんなアドバイスかなあー。いらん、お節介だがー。そのたびに道下の足どりは軽快になる。見ている私も気がつくと、道下の呼吸に合わせていた。
マラソン途中は雨模様であったが、ゴール近くには雨は止み、雲間から太陽も顔を出し、道下を応援していた。
“長い間の念願が叶ったのは、自分の努力だけではない。支えて貰った沢山の仲間に感謝したい”
勝者の言葉は謙虚だ。
次の日のテレビ出演で語った言葉にも“さすが”と、うなった。
「目が不自由で、ひとりで出来ないことは2人で、2人で出来ないことは3人で…と無限大の可能性を感じて欲しい」
無観客ながら、沢山のひとに感動を与えたパラリンピックは、静かに幕を降ろした。
海浜公園前の海の船上に設置された、モニュメント、パラリンピックのシンボル、赤・青・緑のスリーアギトスは撤去され、パラリンピックは終わった。
