2026年05月29日(金)

コラム・エッセイ

No.38 遠い昔の…話(2)

美人薄命 走れ!おばさん 中村光子

 病の重い母は暗い納戸の間に伏せっていた。1歳の弟は、まだ歩くより這う方が早かった。病床の母の廻りを這いまわる。私はそんな弟を面白がって、追いかけまわった。

 「そんなことをしちゃあ、いけんよ」

 消え入るような声で母が言う。丁度、山口から母の見舞いに来ていた叔母が、みかねて言った。

 「下の方を少しあずかろうか」

 「そう願えれば…」

 「顔が見たくなっても、すぐ連れて来れなくてもいいの?」

 「姉さんにあずかって貰えれば安心です」

 叔母はその日の内に弟を山口へ連れ帰った。叔母は夫を早く亡くし息子と2人暮らしだ。息子、つまり、従兄弟はその時中学生だった。のちの従兄弟の話だ。

 「朝配達の牛乳瓶の音がすると、彼は素早く取りに行き、その場で飲むんだ。ひとりっ子の僕は競争というのを知らずに育ったので」

 それから、まもなく母は亡くなった。祖父母と私の3人の暮らしだったが、祖父がいつ頃亡くなったか記憶にない。

 弟は4歳の時、祖母の元へ帰ってきた。今の新南陽高校を過ぎたあたりから、高台の我が家が見えた。そこで弟は威張って言った。

 「おばさん、もう、ここでいいよ。ひとりで帰れるから」

 弟のシャイな所はこの頃からあったのか。“ひとりで、山口から帰った”と、言いたかったのであろう。

 私は小学3年、弟は1年生になった。祖母は欠かさず参観日に来てくれた。子供のなかった祖母には初体験だ。祖母の若かった時代、参観日があったかなあ。

 弟の担任は「おばあちゃん、どうぞ」と、いつも椅子を用意されたようだ。自分だけが特別なのが嬉しかったようだ。事あるごとによく聞かされた話だ。

 やがて、高校生になった弟が言ったもんだ。

 「中学卒で働けばよかった。僕の成績なら東洋ソーダに入れ、職工になれただろう。そしたら、おばあちゃんに楽をさせてあげられたのになあー」

 それはさておき、私と弟は、祖母の無償の愛情を一身に受け、楽しくおおらかに育った。

 それでも私は、夏の冬の休みには必ず、父と継母に会いに行った。弟はいくら誘っても行かなかった。私は単純に、弟は父や継母や異母兄弟にあいたくないのだろうか、と考えた。

 それから、ずーと後の話だ。

 「どうして、父の所へ行かんかったの?」

 「だって、おばあちゃんひとりにしたら、寂しくて可愛相だろ」

 私は、弟の優しさに触れ、言葉がなかった。

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