コラム・エッセイ
No.43 遠い昔の…話(7)終章
美人薄命 走れ!おばさん 中村光子その日、弟は町へ映画を見に行っていた。私は高校へバスケットの練習に行っていた。だから、多分、日曜日であったのだろう。
高校3年の春の大会等が終わると、3年生は引退し、チームは1・2年生の部員で構成される。
少し偉そうに言わせて貰えば、その日、私は先輩風を吹かし、新チームの指導(?)に行っていた。
練習を終え、富田駅に降りたら、母が立っていた。
「お母さん、どうして、ここに居るの?」
「あのね、おばあちゃんが亡くなったの。早く帰って、私は徳山の家へ喪服を取りに」
「おばあちゃんが死んだ?何故、どうして」
信じられない母の言葉に、一目散に走り出していた。まさに、青天の霹靂…だ。
「おばあちゃんが死んだなんて…」
走りながら泣いた。涙は袖口でぬぐってもぬぐっても止まらない。…朝出る時は、おばあちゃん元気…だったのにィ…。
2、3日前から、父母や親戚のひとが出入りしていたが、祖母の容態がそんなにも悪いとは、思いもしなかった。高校生で図体は大きいが、子供であったのだろう。
こうして書きながらも、祖母が横たわっていた姿も思い出せない。泣きながら、祖母に覆いかぶさっていたろう。
気がついたら、背戸の枇杷の木の下で、弟と一緒に泣いていた。弟が映画を見て、いつ帰ったのかも知らない。
泣きやまない私たちの所へ、父が来た。
「いつまでも、泣いているんじゃない」
この時の、父の言葉は鮮明に残っている。そして、父の顔を、きっと睨んだ…ことも。…泣くな、なんて言わないでよ。おばあちゃんが死んだんだよ。死ぬなんて、思ったことないんだから…。
嗚咽しながら…しゃっくりも止まらなかった…いつまでもいつまでも…。
関西に住む弟一家が2年ぶりに、墓参りに帰ってきた。コロナ禍で身動きがとれず、気がかりであったのであろう。
不便だから関西に移したら、と言ったが、祖母と暮らした地に建てた。田舎から一歩も外へ出たことのない祖母を思ってのことだ。
祖母には、15年間育ててもらった。私も弟も、それはそれは楽しい日々であった。
子供を授からなかった祖母。しかも血の繋がりもない2人を育てるのは大変だったろうが、2人はそんな事考えたこともなかった。
この世の中で、いちばん大好きなおばあちゃんは、黙ってひとり旅立ったのでした。
