コラム・エッセイ
No.44 久し振りの外出
美人薄命 走れ!おばさん 中村光子たった今、第14回周南美術連盟の作品展を見に行き、帰ったところだ。久し振りの外出、しかも、絵画鑑賞展だから、ちょっとお洒落して出かけた。
入口で、出品者の画家、中村恭子さんと、貞永マミさんに出会った。コロナ禍で不要不急の外出は禁じられてはいるが、2人共、長いこと出会っていないので、話に花が咲き、楽しい時間を持った。
「もう体力が衰え、大きな作品を描くのは大変なことになったわ」
久し振りの、恭子さんの言葉だ。
私は、恭子さんの裸婦画が大好きだ。恭子さんの裸婦は、手足をたくましく描くことで生活感が表現されている。
出品作品は、セーラー服を着た高校生の女子像であった。それは、私にとっても、なつかしい制服であった。
貞永マミさんは、高校時代の1級先輩だ。貞永さん特有のやさしい色使いだが、作品はやさしい色彩のほおづきを中心にしての絵だが、貞永さんの主張がはっきりと、伝わるのだ。私はふたりの絵の大ファンである。
そして、驚いたのは貞永さんの作品の隣りに、友人の斉藤偵子さんの絵が並んでいるのであった。
彼女の作品は、5人兄弟、という題がついていたが、実際には、3人の兄姉妹の美男美女が、すっくりとした立ち姿で並んでいる作品であった。
事実、5人兄姉妹で5人共賢いのである。
私も子供の頃は、絵を描くのが大好きであった。担任の先生も絵が好きな上、上手で、時々、一緒に描いていた。
小学5年生の時、初めて絵の具を使った。嬉しいけれど、ケチな私は、少量の絵の具でバレーボールを描いたが、頼りない色だった。クラス1番のいたずら少年が、絵筆の先に赤の絵の具をつけ、私の絵の斜め上に、ポチをつけた。
絵の先生は急いでそのポチを消そうとされたが消えなかったが、そのまま後の壁に張り出され嬉しかったのを覚えている。
私の父方の叔父は日本画家で、徳山の美術館は叔父の作品で開館した。開館の日、親戚一同が美術館に来た。
「文臣さん、私が1枚買っちゃげるからね」
山口に住む長女の叔母が心配そうに言った。
「姉さん、ありがとう。心配無用ですよ、これは展覧会ですから」
叔父、澤野文臣はあわてて言った。
母方の祖母に育てられた私は、大きくなるまで、身内に画家がいたとは全く知らなかった。知っていて、精進していた…ならば、絵が上手になっていたかも。
