コラム・エッセイ
No.52 ああ・良い1日でした。
美人薄命 走れ!おばさん 中村光子晩期高齢者の走れ!おばさんは、先の短い年月を、指折りながら、静かに暮らしているが、まだまだ思いがけない事がおきるのだなあー。
ある日、弟から電話がかかった。
「あのね、昔、我々が子どもの頃に住んでいた場所に、家が建っているが、その家が売りに出たので、買うことにしたよ」
「…」
弟はまもなく80歳だ。私は弟より2歳上だが、美人薄命の身だ。降ってわいた話に、言葉もない。
弟夫婦は、関西に2世帯住宅を建て、長男夫婦と住んでいる。何を、今さら…。
「墓参りで帰郷した時の宿泊や、友人たちとの集まり場所にしたらいいと思ってネ」
子どもに恵まれなかった祖父母の所へ、母は養女にはいり、父がのちに養子にはいったのだ。病弱だった母は、私が3歳、弟が1歳の時に亡くなった。これは私の想像だが、父は2人の子どもの為に再婚したが、我々はなつかなかったのだろう。結局、祖父母は我々を高校生まで育ててくれた。
築150年の茅葺きの屋敷、手入れの行き届いた白砂の庭、大樹の松。季節が来ると、遠くまで香りを運ぶ金と銀の木犀の大木、10本はくだらなかったろう種々雑多な柿の木々など、今でも鮮明に浮かぶ。
先日、仲良しのS夫妻に「家を買うと言う」と、話したら“見に行こう〟と、いうことになった。
昔の面影が残っていたのは、わずかに家の東側の小径だけだった。
このあたりが、馬と牛を飼っていた小屋だった。2階建ての倉庫には、農機具や、普段使わないお客様用の食器類が収めてあったのよ…と、私の幼い記憶話を、S夫妻はうなずきながら聞いて下さる。
そして、思い出した。戦争中、町から疎開して来られた家族が、ここに仮住まいされていたこと…などなど、物忘れがとみにひどい最近だが、遠い昔のことは、思い出す。
小径を進んだ尽きあたりに、見覚えのある荒神様の祠(ほこら)があった。それは昔、裏庭の池のほとりに鎮座していたものだ。先住の方がその祠を、この地に移して下さったのであろう。
飛び飛びしかつながらない私の話を、S夫妻は、何度もうなずきながら、熱心に聞いて下さる。
未練を残しながら元の道に戻ったら、畑仕事をされていた隣家の御夫婦が寄って来られた。「昔、ここに住んでいた者です」とご挨拶したら「ああ、走れおばさんですネ」と。思いがけない言葉が返り、ひととき、話がはずんだ。
