コラム・エッセイ
No.54 何も出来ない・力になれない
美人薄命 走れ!おばさん 中村光子2月20日、新型コロナ「まん延防止等重点措置」が解除された。自粛していた、湯野温泉行きを決行した。久し振りに、ぬるめの湯舟に、脂体を解放して首あたりまで沈めた。
「やっぱ、温泉にかぎるネエ」
私の贅沢温泉行きはF夫妻に誘われてからだ。今では、すっかり1週間の生活に組み込まれている。入浴時間は1時間と決めている。
その日も、すっかりリフレッシュした身体に、衣服をまとっていたら、急に風呂場が騒がしくなった。何事が起きたのか、と風呂場をのぞくと、全裸の女性3人が、老いた女性…と言っても、私と同年輩ぐらいの人を、脱衣所に運んでいるところであった。
私は急いで自分のバスタオルを床に敷いた。3人は力を合わせ、声をかけ合いながら抱き上げようとされるが、気を失っている女性は意外にも重いのだろう。自分の裸など全く、気にする様子はない。3人で満身の力をこめて、バスタオルの上に、ゆっくりと寝かされた。
「救急車を呼ぶ?」
誰かが叫んだ。
「ちょっと、様子を見ましょう」
「この方は看護師さんです」
周囲で心配そうに見ていた者は少し安堵した。先に風呂から出ていた娘さんかお嫁さんかが「お母さん、しっかりしてー」叫ばれた。そばでおろおろしているのは、私だけだ。
やがて、女性は気がつかれた。「大丈夫よ」しっかりした声であった。娘さん(?)は安心されたのであろう、周囲のひとにお礼を言われ、3人の女性に深く頭を下げられた。
「湯あたりだったのでしょうね。お大事にしてあげて下さい」
そう言うと、何事もなかったかのように全裸の3人は湯舟に戻られた。
タオルの上でぐったりとした女性は、ゆっくり起きあがると、娘さんの渡される下着にゆるゆると、手を差し出された。
やがて、彼女の頬にほんのりベニ色がさしはじめた。
突然の出来事にオロオロするばかりの私も女性が洋服に手を通される姿に安堵した。3人のとっさに取った正確な判断力と処置のよさに感動して、言葉もなかった。
そして、考えた。このようなことは、誰にでも起こりうることだ。いや、他人事のように言うまい。私の身にも、それはあすかも知れない。自分が倒れてしまったら、それまでだが、もし、その場で見ていたら何が出来ただろうか。いろいろなことを考えさせられた。結論は、すぐには出ないが、この日の出来事は覚えておこう。
