コラム・エッセイ
No.61 我が家の花たち・みんながんばっている
美人薄命 走れ!おばさん 中村光子只今、我が家の裏庭は八重のつつじが満開だ。朝夕、北廊下のカーテンを開閉する時に必ず声をかけている。
「オハヨウ」
「オヤスミ」
南天の赤い穂先は真っ直ぐ空を仰いでいる。そこここに地生えした草花や、友人に貰った花々も、それぞれ自分を主張して勝手に咲く。
私はこの裏庭を“誰も見てはならぬ庭”として、友人知人を決して近付けない。その理由は、ただ単に、私がずぼらで、庭の手入れを怠っているからだ。
ずぼらな性格だと知ってか知らずか、優しい友人知人たちから、丹精こめて咲かせた季節の花たちが、どっさり届く。性格はずぼらだが、戴いた花たちの生命は最後まで全うさせようと、いや、枯らしてはならぬと2日に1度、水替えをする。
中でも足を向けて眠れないのは親友のタコだ。蛸にあらず、タ○コの中の字を勝手に抜き、タコと呼んでいる。
話がいつものようにダッセン。
朝、花の水替えをしていると、通りがかりのひとが声をかけて下さる。
「ここを通るのが楽しみです。今日は何の花かなとか考えます」
うれしい私は顔をしわくちゃ(今はする必要なし)にして頭を下げる。だが、中にはこんなひともいらっしゃる。
「いつもお花がいっぱいですね。少し戴けませんか」
私は、タコが一生懸命に花を育てる様子が浮ぶ。
「友人が心をこめて育てているのです」
「いっぽん、一本でも駄目ですか」
「はい、1本でも差し上げられません」
冷たく返事しながら自己嫌悪に陥る。哀しい性だ。以来、私は自分を“花けち”と呼んでいる。
私がまだ車の免許証を持っていた頃は、早朝、タコん家で朝食を食べ、沢山の花や野菜を車に積んで帰宅した。
75歳で、免許証を返納した。理由は、当時、50歳以上でなければ入部出来ない、という厳しい規則(?)のあるバレーボールクラブに入部し、3人の仲間を乗せて練習会場へ行っていた。
心優しい仲間と一緒の時、万が一、自動車事故でも起こしたら立ち直れない、と考え免許証を返納した。
車をやめてからは、タコの娘さんや息子さんが、花や野菜などを届けて下さっている。
春爛漫、いや、葉桜になってしまった今日この頃、戴いた花々の添えに、見てはならぬ庭のハランを総動員させて盛り込み、春のなごりを楽しんでいる。
試しに花壺・瓶を数えたら、仏前の花筒も入れて9瓶あった。
