コラム・エッセイ
No.67 まだ・余韻のなか
美人薄命 走れ!おばさん 中村光子6月3日、新日本フィルハーモニー交響楽団50周年記念演奏会に行った。指揮は佐渡裕、ピアノは反田恭平という豪華メンバーだ。老い先短い私は、この機会を逸したら二度とチャンスはないだろう。
「ヘソクリハ、コノヨウナトキニツカオウ」
独り言をいいながら、おへその奥から大枚を取り出した。
この演奏会は5月19日、山梨県を皮切りに13会場を回り、6月5日に愛媛県で終了という、超過密スケジュールの演奏会だ。
ほとんど毎日が演奏会で、終わるとその足で次の会場へ移動されている…ようだ。
チケットは発売日に完売だったそうだ。私は反田恭平の鍵盤を舞う手が見たかった。願いがかない、前から4列目の左端の席を確保できた。
演奏曲目は、ベートーベンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」であった。
実は去年、21年の第18回ショパン国際ピアノコンクールで2位になった反田恭平を偶然テレビで見ていた。音楽にうとい私だが、ショパンが好きだったのである。その時初めて反田恭平を知った。
富田の片田舎で文字の読めない祖母に育てられた私と弟は、全く音楽とは無縁の暮らしだった。私が3歳、弟が1歳の時、母が亡くなった。
父は私たちのために急いで結婚したのだと思うが、特に弟は懐かなかった。祖父母は子どもを授からなかったので親戚筋から母を養女にもらい、そこへ父は入り婿として入った。つまり複雑な家庭環境の中で我々は育った。
駄文を読んで下さる方のためにと、我が身のことを話すと、いつものように話が横道に逸れてしまう。
演奏会の話に戻す。だが、私のまずしい持ち合わせの言葉では、佐渡裕と反田恭平と楽団の、あ・うん呼吸はとうてい表現できない。
指揮者は、両手を胸の前でぐるぐる回したり飛び上がったり、鳥の翼のように両腕を思いっきり横にのば伸ばしたり、コンサートマスターとアイコンタクトを取り、おごそかな眼差しをピアノ奏者に送られる…のだ。
あとから聞いた話だが、コンサートマスターが時々、跳ねあがられるので、椅子には座布団が2枚敷いてあるのだ…そうだ。
私の右隣りにおばあちゃんらしき人と並んでいる女の子は、身動きもせず演奏に聞き入っている。休憩時間にたまらず話しかけてしまった。小学2年生だそうだ。
「あなたも素晴らしいピアニストになってね」と言ったら、彼女はにっこり笑いながら、こくりとうなずいた。
