2026年05月29日(金)

コラム・エッセイ

No.42 また・またまた・旅に出た(2)

美人薄命 走れ!おばさん 中村光子

 この原稿の下書きを読むと、いかにとりとめのないことをだらだらと書いているかがわかる。だ、だからあ、ともかくう、昔の走友夫妻と、心の友、宇部の岬に住むM女史の四人で旅をしたのですう。

 一泊目は、夕日を見ながらM女史の家で、高級肉のすきやきパーティーで満腹でした。翌日、呉海軍兵学校を見学し、伯方で塩を求めたりして、豊町御手洗に着いたのは夕暮れ間近だ。理智子さんと合う約束の時間から三時間遅れだ。

 それでも理智子さんは嫌な顔もせず、じっと待ってくれていた。短い時間で要領よく、暮れなずんだ御手洗を案内して下さった。

 今は空き家が多い御手洗だが、江戸時代は貿易中継地として栄えた。風待ち、潮待ちの港町で、映画館や遊郭もあった。家々の軒下には小さな花びんが下がり、季節の花が色とりどりに生けてある。我々のような気まぐれの旅人を歓迎する、という無言の心使いが痛いほどわかる。

 理智子さんは我々を案内しながら、島のひととあいさつをし合い、ひと言ふた言、言葉を交わし合う。彼女がこの島を気に入って、大切にしているのがわかる。

 最初に訪ねたのは、テレビドラマにもなった松浦時計店だ。百五十年間とまったことのない大きな柱時計を背に、店主と理智子さんはさりげない会話を交わす。どんなむつかしい時計の修理でも引き受けるという店主の飾り気のない態度に、私は人間はこうありたい、と思った。

 店頭に並んでいる最新時計を眺めながら、全国から修理時計が集まるというミスマッチが面白かった。

 一六六六年に、御手洗の町づくりがはじまった。その後、伊能忠敬が測量に訪れ、シーボルトが来島したり、菅原道真が風待ちをし、京都の公卿・三条実美ら七卿が討幕計画に敗れて長州に逃げたが、その逃亡の途中に立ち寄ったという遺跡や碑など、興味深い史跡が随所に散在する。

 冬の日暮れは早い。理智子さんは案内したい所がまだたくさんあるようだった。我々は約束時間が守れなかったのを悔いるばかりだった。

 最後に海のそばにある住吉神社へ行った。理智子さんは社殿前の石畳に寝ころんで、夜空の星を眺めるのが好きだそうだ。彼女のサンクチュアリを見せてもらった気分であった。

 理智子さんは友人のやっている簡易宿泊所へ、我々は予約した宿へと別れた。後ろ髪を引かれる思いだった。

 御手洗は不思議な島であった。いつか、ゆっくり散策しようと思っている。広島バスセンターからもバスが出ているそうだ。ぜひ、読者の皆様にもおすすめしたいところです。

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