コラム・エッセイ
No.41 また・またまた・旅に出た
美人薄命 走れ!おばさん 中村光子かつて私がちんたらちんたらと走っていたころ、そう、もう十数年も前のことだ。そのころ走友だったK氏(兵庫・たつの市在住)が「遊ぼうよ」と言って来た。遊ぼうと誘われて断っては女が捨たる。そこでまた・またまた旅に出た。行き先は、いつか行きたいと願っていた、呉市豊町御手洗だ。
この旅の話には、長い長い前置きが必要だ。通常、前置きは短いのが良い。理屈をこねると読むひとは面白くもなんともない。だが私は書きたい。だから書く。
二年近く前のことだ。我が店に見知らぬ紳士が訪ねて来られた。笑われると童顔になり、つい気を許してしまいたくなる紳士であった。
「走れ!おばさんのファンです」と、言われたような気がする。その紳士は堀田さんとおっしゃる。住まいは広島市内だが、勤務地が、この徳山だ。
有楽町の駅寄りにある寿司屋、三川屋の常連のお客様らしい。その三川屋の店主、オサムちゃん(赤ん坊のころから知っているので、オサムちゃんと呼ぶ)に聞いて、我が店に訪ねて来られた。褒められると、お世辞でもうれしい。私はいそいそとコーヒーをお出ししたと思う。多分……。
何しろ数日前に東北旅行で遊び呆けて馬鹿になったので、きのうのことも思い出せない昨今なのだ。
以来、堀田さんは昼休み時間に立ち寄られ、ふたりで雑談を楽しんでいる。そんなある日、見るからに理知的な、これまた見知らぬ女性の訪問を受けた。
「はじめまして、私、堀田さんの女房、堀田理智子です」
たまげたなあー。初対面で理知的と直感した女性が、理智子で堀田さんの奥方で、しかも夫を「堀田さん」と呼ぶ。私は大いに気に入った。
「徳山動物園に行くのですが、ちょっと立ち寄りました」
内証だが、夫君の堀田さんの下の名前を知らない。名のられたかも知れないが、馬鹿になっているので……。だが、理知的、理智子さんの名前は、空っぽの脳にしっかりとインプットされた。
私は時々、このようにして未知のひととひょんなことから友人になる。なぜ、と言われても見当がつかない。理智子さんも逢うべくして逢えたひとだと思う。以来、ずーっと尊敬してやまない方で、今日に至っている。
呉市豊町御手洗という、江戸時代の中継貿易港を紹介して下さったのは、この堀田理智子さんなのだ。
豊町御手洗は私にとっては全く聞いたこともない未知の土地だ。理智子さん推薦なら……。
あら、もう書くスペースがなくなったあー。
