コラム・エッセイ
又 葉月(二)
随想 季節の中で 西﨑博史(周南文化協会会長)お盆に墓参りしてご先祖に感謝を捧げながら家族や縁者が集って食事をともにします。互いの健康を祝い、ゆるやかな時が流れます。特別な月なのです。同窓会もほとんどがお盆の季節に開催されます。懐かしい顔に笑顔が弾けます。
都会でのことは誰も知らないよ
話す事もいらない
驛舎に降り立てばそれですべてを
忘れられたらいいね
さだまさしの「驛舎」。地方から都会へ出て働く人の心を捉えます。「君の手荷物は/小さな包みがふたつ/少し猫背に/列車のタラップを降りて来る」で始まる歌詞に共感します。家族や隣人、友人らの愛に育まれて成長しました。進学や就職で故郷を後にして異郷の地で暮らして初めて故郷のありがたさを知ります。都会での辛い日々を忘れてふるさとが頑張る力を与えてくれます。
ふるさとの山に向ひて言ふことなし
ふるさとの山はありがたきかな
ふるさとの訛なつかし停車場の
人ごみの中にそを聞きにゆく
明治45年(1912)に26歳で亡くなった歌人、石川啄木は貧しさと闘いながら数多くの作品を残しました。苦しい生活の中から生まれた歌は今なお多くの人を惹きつけます。小学校の代用教員の職を失い、岩手県渋民村(現盛岡市渋民)を離れて故郷に戻ることはありませんでした。函館、小樽、釧路などを転々としながら最後は東京朝日新聞校正係の職を得て、家族と東京で暮らしましたが若くして病に倒れました。さぞや無念だったことでしょう。「一生に二度とは帰って来ないいのちの一秒だ。おれはその一秒がいとしい。(中略)おれはいのちを愛するから歌を作る」。啄木の言葉が胸に刺さります。
16日の送り火、灯籠流しでお盆の行事が終わり、夜には虫の音も聴こえてきます。夏の終わりが近づいて寂しさが漂います。23日は二十四節気の「処暑」。暑さが和らいで涼しくなりはじめる意味が込められています。異常気象が毎年繰り返されて常態化した今、季節を表す歳時記の言葉が実感から遠のいていきます。
地球の鼓動を、自然の営みを肌で感じて暮らしていた日々を思い起こしながらふるさとの山河といのちの行方を見つめて考えさせられます。
