コラム・エッセイ
又 卯月(二)
随想 季節の中で 西﨑博史(周南文化協会会長)若葉から新緑へ。春惜しむ季節。惜春とも言います。梅や桜を楽しんだあと、過ぎ去っていく春に「行ってしまわないで」と思う心を表しています。日本人にとっては独特の寂しさが漂います。
春惜しむおんすがたこそとこしなへ 水原秋桜子
法隆寺の百済観音を前にして詠んだ一句。深い思いを秘めた温顔を春惜しむ姿と捉えた作者。そこに永遠の美を感じています。法隆寺は奈良の斑鳩(いかるが)の里にあって私たちをいにしえに誘います。
惜春の情を抱きながら新緑の季節は新たな息吹を与えてくれます。周南市の岐山通や児玉公園にある大きなクスノキは青空を背景に若葉が輝きます。梅園町や二番町辺りのハナミズキも白や薄紅色の花をつけて道行く人の目を楽しませてくれます。一青窈(ひととよう)の歌う「ハナミズキ」の歌詞が口の端に上ります。
〈空を押し上げて/手を伸ばす君/五月のこと/どうか来てほしい/水際まで来てほしい‥‥薄紅色の可愛い君のね/果てない夢が/ちゃんと終わりますように/君と好きな人が/百年続きますように〉
一青窈の代表曲。2001年のアメリカ同時多発テロ事件に心を痛めて鎮魂の意味を込めて書き上げました。ハナミズキは東京からワシントンDCに贈った桜の返礼として、アメリカから届けられた花。日米の友好の証と言われます。この歌に癒されたり励まされたり。多くの人の心に響きます。
定命(じょうみょう)。人には定められた命があると言われます。命がいつ果てるのか、誰にも分かりません。与えられた命を精いっぱい生き抜きたいと思います。この3月に詩歌文学館賞が決まった春日真木子さんの第15歌集『宇宙卵』。巻頭歌を飾るのが次の一首です。
老いといふやさしき闇に甘えるな 火いろの言葉に見果てぬ夢を
百歳の生き様に驚きます。「人間は成熟するにつれて若くなる」というヘルマン・ヘッセの言葉を念頭に歌を詠み続けます。尾上柴舟(おのえさいしゅう)らが大正3年(1914)に創刊した歌誌『水甕(みずがめ)』の発行人を昭和62年(1987)から務めています。
生きてゐるまだ生きてゐるわたくしは言葉の重心見失ふまい
言葉と格闘してわが道を切り拓きます。その姿に勇気づけられます。
