コラム・エッセイ
岸田劉生展
翠流▼没後90年記念の岸田劉生展が山口市の県立美術館で始まった。同展のリーフレットには「日本近代美術の歴史のなかでも、独創的な道を歩む」とある画家、岸田劉生(1891―1929)。その終焉の地は周南市の徳山。同展でも徳山で銀屏風に墨で描いた絶筆が展示されている。
▼雑誌「白樺」に紹介されたゴッホなどの作品に影響を受けたが、写実的な肖像画を描くようになり、さらに東洋の美にも関心を持って日本画も学んだ。38歳で亡くなったが新境地を開こうとしていた時期だったようだ。
▼南満州鉄道の招きで中国大陸を旅行したあと体調がおもわしくないまま帰国し、その途上、29年11月29日から亡くなる12月20日まで徳山で過ごした。
▼今回も展示されている「麗子微笑図」と「切通しの写生」が71年に国の重要文化財に指定されたことから徳山文化協会によってこの年、今は周南市文化会館前庭にある石造の記念碑が建てられた。
▼本郷新が設計した碑の本体は立方体。正方形の3面に武者小路実篤の「岸田劉生終焉之街」、梅原竜三郎の「一世の偉友劉生兄」、川端康成の「美」の言葉が刻まれている。当初は徳山市民館前に建てられたが、2004年に現在地に移された。
▼劉生が立ち寄る7年前の1922年に徳山港が特別輸出入港に指定され、6年後の35年に市制が施行される。同展は12月22日まで。当時、工業都市として発展の最中、劉生を大歓迎したという郷土の歴史への関心が市民の間で高まってほしい。(延安弘行)
