コラム・エッセイ
徳山港100周年
翠流▼先日から徳山藩再興300年、はつもみぢ創業200年、まど・みちお生誕110年、没後90年記念岸田劉生展と大きな節目の記念事業が続いている。しかし100年の節目というのは少ない。その中で周南市は2022年の徳山港開港100年があと2年先に迫っている。
▼周南市の近代工業都市としての歴史は1905年(明治38)の海軍煉炭製造所の開設に始まり、このあと民営の大工場も次々に操業を開始した。22年(大正11)に徳山港が特別輸出入港に指定され、35年(昭和10)に旧徳山市が市制を施行した。県内では5番目の市だった。
▼45年(昭和20年)の2度にわたる空襲で大きな被害を受けたが、戦災復興事業、周南コンビナートの建設で旧徳山市、旧新南陽市は大きく発展した。現在は人口減少や商店街の衰退などの課題はあるが、沿岸部の工場群は健在で、銀行の本店やテレビ・ラジオの放送局の本社、大学や高専もあり、県東部の中心都市の面目は保っている。これも徳山港があればこそだ。
▼この戦後の発展は「東京地名」の由来は地元かもしれないが、戦前の街並みを大きく変え、昔からの地名もなくして新しくし、周南団地を建設するなど、復興、再生の域を超えた新都市の建設だったという見方もある。
▼開港の年は明治の軍人、政治家の児玉源太郎を祭神とする児玉町の児玉神社創建の年でもある。開港100年をこれまでの100年、これからの100年を考える機会にできないだろうか。(延安)
