コラム・エッセイ
東京五輪への疑問
翠流▼東京五輪の開催に否定的な意見が強まっている。周南地域の聖火リレーも中止された。聖火だけが来て地元のランナーがリレーするのでなく、数百メートルの車列のパレードで、大量動員による交通規制も必要と聞いて、これは難しいのではと思わざるを得なかった。
▼全国的には進まないワクチン接種、変異株の出現で感染拡大が続く地域もあり、開催すれば新たな感染拡大のきっかけになるという不安もうなづける。
▼一方で、欧米に比べて日本の感染者数は多くなく、世界各地でもスポーツイベントは開催されている。オリンピックは関係者も多い、大規模な大会ではあるが、感染者さえ少なくできれば中止する要因はないという見方もある。
▼スポーツの効果は素晴らしい。野球の大谷翔平、ゴルフの松山英樹、バスケットボールの八村塁選手、サッカーの日本代表の活躍からプロ野球、大相撲、五輪の代表選考などの熱戦にコロナ禍の市民がどれだけ元気づけられていることか。スポーツ、文化事業は不要どころか、最後まで続けたいことの一つだと再確認できたこの1年だった。
▼それなのに開催にどうしてこんなに疑問符が付くのか。感染防止が確約できないだけでなく、平和のためのスポーツの祭典という本来の姿以上に政治イベントの色が濃くなり、メディアを含めた企業の関与で肥大化し、違和感を抱く人が多いからではないのか。これは五輪に限ったことではない。本当に大切なものは何なのか、この機会に考えたい。(延安)
