コラム・エッセイ
周南市の明治維新
翠流▼明治と改元されて150年の節目の年が始まった。県では予算編成方針の最初に明治150年を掲げ、続く政策は産業、大交流、生活の3つの維新で活力ある山口県を実現させるという。維新に関連した展覧会などが県内各地で開かれることは言うまでもない。
▼一方、明治維新では幕末から萩の本藩を支えて幕府を倒し、自らは廃藩置県に先立って山口藩と一緒になった徳山藩の中心だった周南市だが、木村市長の施政方針では「明治150年となる本年は『第35回全国都市緑化やまぐちフェア山口ゆめ花博』などさまざまな関連イベントが開催されますことから、県、近隣市町、関係団体と連携して取り組んでまいります」とあるだけ。
▼冒頭、德山駅前賑わい交流施設のオープンなど徳山駅に1ぺージ以上も費やして説明しているのとは大きな違い。市美術博物館では明治維新関係の展覧会も開かれるが、取り上げられていない。
▼明治維新の実相は大きな変革だっただけに、まだまだ知られていないことも多い。倒幕か佐幕か、その立場によっても見方は変わる。観光客を集めるだけのお祭り騒ぎにしてしまうのはいかがなものとかと思うが、維新胎動の地の一つでもある周南市だけに、もう少し、施政方針や施策でも取り上げようがあったのではないだろうか。
▼周南市全体では萩本藩に属していた地域もあるが、約220年続いた城下町・徳山が現在の周南市発展の基礎になり、その最後に未来に向けて放たれた閃光(せんこう)が幕末の活躍だったことを忘れてはならない。
(延安)
