コラム・エッセイ
孝女阿米
翠流▼今年も周南市の孝女阿米顕彰会による親孝行をしている小中学生の表彰式が阿米の墓のある徳応寺で開かれ、4人が表彰された。今年で63回目となるが、来賓として出席した小林雄二市議会議長も菊川中の生徒だったころ、表彰された1人。祝辞では「困っている人に気付き、動ける大人になって下さい」と激励した。
▼以前、顕彰会の役員がこの表彰を受けた子どもがその後、非行に走った例がないことが一番うれしいと話していた。表彰式ではたくさんの人が見守る前で、同会の会長でもある市長から表彰状が手渡され、ライオンズクラブからの図書券や文房具店などからもお祝いの品々が贈られる。子どもにとって大きな励みになることは間違いない。
▼阿米は12歳から42歳まで31年間、父親を看病し、独身を通して嘉永5年(1852)に62歳で亡くなる。働きながらの看病で、お金が入った時には父の好物の酒と豆腐を用意し、父の喜ぶ姿を見て自分のことのように喜んだという。当時、徳山藩主もこれをたたえて米を与えた。
▼阿米の人生には、自分で稼ぎながら看病する、今でいう自助、近所の手助けという共助、藩主の褒美という公助が組み合わされている。しかもただ、人に従うのではなく、四国88カ所遍路も実行するなど自分の意志をしっかりと持った女性だったことがうかがわれる。
▼その姿は福祉のあり方や、人としての自立を考えるうえでも参考になりそうだ。今も人々が阿米に魅かれる由縁かもしれない。
(延安)
