コラム・エッセイ
数10年振りの集い
晩期高齢者のたわごと 中村光子(周南市有楽町)子どもの頃から本を読むのが好きだった。もちろん少女小説であったが。終戦2年後、富田小学校へ入学した。配給の国語と算数(2教科のみ)の本は、その年からひらがなだった。入学前からカタカナ、名前も漢字で書けた私は驚いた。5年生になると入部出来る図書部に入った。
入部したのは私ひとりで、本棚の整理や破損した本の修理も図書顧問の先生に教わりながら頑張った。修理の良し悪しはさて置き、土曜日には特別に、本を10冊貸して下さった。月曜日返却で、帰り道でも本を離さず、家でも朝が明けるのも気づかず読みふけった。
名門、富田中学校に入学したその日、図書室へ直行した。そこで、生涯の友人となる2年生3人に出逢った。お正月には、4人の誰かの家に集まり、百人一首に興じ、夏休みの1日は富海の海水浴場に行くが恒例であった。
私はかけっこが早く、小・中・高を通していつも一等賞で、鉛筆3本貰った。他校に走りに行ったりした時も鉛筆で、生涯、いや、これまで1本の鉛筆も買ったことがない。これが私のたったひとつの自慢だ。
中学生になり、3人を慕い図書部に入った。ある日、憧れの数学の先生が「図書部じゃ足は早ようならん、運動部へ入れ」と言われた。
「先生は何んの部活指導されてるのですか」
「わしは、バスケット部女子の指導者じゃ」
私は即座にバスケット部に入った。当時は、7中といっていた、今の桜田中学校バスケット部が強豪で、私達はいつも準優勝だった。
悪い癖で、いつも話が横道に逸れてしまう。図書部で仲良しになった4人組のひとりだけ名古屋在住で、あとの3人は周南市に住む。
この5月下旬、名古屋のIさんが兄上の法要のため帰郷されるのをチャンスに、前日、我が家の遊び場で、昼食会をしようということに話がまとまった。
我々は歳に歳を重ね、いえ、重ね過ぎて先輩3人は83歳、わたしは82歳だが6月には83歳だあー。
4人の中で、夫婦共に健在なのはひとりで3人は再び独身者になっていた。久し振りの再会で、話は尽きない。ひと息入れた時、私は提案した。
「長い間逢っていないので、ひとり持ち時間30分で、自分の近況報告ってのどうかしら」
晩期高齢者になった今だから、悲喜交々の話も笑って話せる。歳を重ねるのもいいものだ。
楽しい時間は、あっという間もなく過ぎる。
「老い先が短くなったので“今度、また、いつか会おう〟ではなく、定期的に逢いたいわ。周南市組が名古屋に行くってのはどう?」
4人は堅い握手をして別れたが、果たして約束が守れるかどうか…。自分の足で長旅が出来るかなー。まあ、先を思い煩うのはやめにして、楽しかったこの時間だけでも忘れまい。
絵・杉川 茂
