コラム・エッセイ
第八十四手 「祐徳本因坊の思い出②
「碁」for it 小野慎吾本大会は九州・山口・沖縄の各県代表が西日本一のアマチュアを目指す大会です。
本年をもって70年の歴史に終止符が打たれました。最後の大会は6月に佐賀県鹿島市の市民交流プラザ「かたらい」で開かれました。筆者は本大会に10回近く出場していますが、上記場所で開かれたのは初めてです。
例年は日本三大稲荷「祐徳稲荷神社」で大会は開催されていました。祐徳稲荷神社は日本三大稲荷の一つに数えられ商売繁昌、家運繁栄、大漁満足、交通安全等種々の祈願が絶えず、参拝者は年間300万人に達すると言われています。御本殿、御神楽殿、樓門など総漆塗極彩色の広荘華麗な偉容は、鎮西日光と称され、観光ルートの上にも異彩を放っています。
20年前くらいまでは、祐徳稲荷神社の境内で本大会は開かれていました。正座・あぐらをして、境内で打つ対局は緊張感があり、筆者は好きでした。時代の流れからか、正座・あぐらが体勢としてきついという意見が有り、祐徳稲荷神社横の施設で椅子対局が始まりました。それでも祐徳稲荷神社でしているため、囲碁を知らない神社を参拝している方が、本大会を観戦する光景は多く見受けられました。選手として観戦して貰えることは励みになりました。
同大会は60回大会から小・中学生の部も開催されるようになりました。子どもたちは一局対局すれば気が合うかわかります。対局後に外で、鬼ごっこ等で遊んでいる光景はよく見かけ、微笑ましい光景でした。同大会の小・中学生の部出場者の中から囲碁のプロ棋士が誕生することが、本大会に関わった者としての願いです。
最後の大会の閉会式で、50年近く運営を行ってきた日本棋院鹿島支部の藤永会長からこのようなあいさつがありました。「ベスト4に残った選手はこの20年で一番祐徳本因坊本戦に出場した方です。最後の大会が同大会を象徴する4人で良かった」
せんえつながら筆者は最後の大会で優勝したため、優勝者の挨拶を求められました。筆者は「20年近く前から出ていますが、当時と変わらない方がボランティアをしていて、皆様も昔は若かったと改めて気づきました。(笑)本大会はこれが最後になりますが、他の大会はまだあります。5回優勝した祐徳本因坊の称号に誇りを持ち、これからの大会も精進して行きます。どうか皆様お元気で」とこのように述べた記憶があります。
筆者は祐徳本因坊が好きです。70年以上続いてきたこの大会の最後の優勝者として「祐徳本因坊に出場した選手は強い、礼儀がある」と思われるように、これからも選手として頑張っていく所存です。最後にこの場を借りて主催社の西日本新聞社、主運営の日本棋院鹿島支部、この大会に尽力して下さった関係者に厚くお礼を申し上げます。
誇りを胸に「碁」for it(頑張る)!
祐徳本因坊の歴史・優勝者の展示パネル
