コラム・エッセイ
第百十六手「私の囲碁の師匠(1)」
「碁」for it 小野慎吾囲碁を強くなる道筋は沢山ありますが、師匠の存在は大きいと思います。
筆者は4歳の時から囲碁を始め、強くなる過程で目標となる師匠が複数人いました。まずは最初に囲碁を覚えた時に教えて頂いた2人の師匠の存在です。
囲碁を始めたキッカケは囲碁教室に通い出した事です。通い出した初期は同教室で習っている生徒は30人近くいた覚えがあります。小学生に上がる頃には、生徒は少なくなっており、片手で数えられる人数でした。
その教室の先生(師匠)の指導方法は、やりたい練習を伸び伸びする事だったように思います。教室に行ったら棋譜並べ、詰碁を各自自主的にするように促されていました。対局についてはその教室では沢山打った記憶がなく、棋譜並べ、詰碁を必然的に多くしていた記憶があります。
教室の先生(師匠)以外にも、自宅での師匠がいました。筆者の幼少期、実家は喫茶店を営業しており、夜になると毎日必ず来る囲碁好きの会社員の方がいました。囲碁の棋力は三段位の方で、その方に指導して頂いたのが一番強くなった要因です。
自宅の師匠は、棋譜並べ2局・詰碁50問、新しい定石を覚える1個を毎日の練習課題として提案し、小学1年生から6年生の間、毎日欠かさずに上記の練習をした記憶があります。小学生時代は幸いにも体は強く体調を崩したことがなかったため、年末年始以外は全て練習していた様に思います。
やりたくない時、疲れていた時も師匠は「絶対にしろ!」と怒られるため、嫌々でもしていました。それだけ練習すれば嫌でも強くなり4年生の頃に師匠に並び、追い越しました。
当時はすごく苦痛な時も多かったですが、大人になってから上記練習をするのはもっと苦痛な事に気づきました。(笑) そのため、今となっては自宅の師匠には感謝しかありません。師匠がしていた役割は解いた問題の答え合わせと本に書き込んだ答えを消しゴムで消し、再度問題が出来る状態にする事です。
子どもの頃は、消しゴムで消した答えの跡が本に残っており、何も考えずそこに再度記載し、正解した問題、間違った問題は同じになり、師匠に怒られるという事が多かったです。(笑)
それでも、段々と実力が上がったのは師匠の教えのお陰だと思っています。大人になってからでも、自身が囲碁大会で活躍すると「頑張った」と連絡を下さり、励みになりました。
自宅の師匠は今年に亡くなられたとご家族より連絡がありました。師匠に対して恩返しが出来たかはわかりませんが…自身が誰かの師匠になり、師匠から教わった良い部分は引継いでいけているのではないかと自身では思っています。
中学生以降の師匠は精神面、戦略面で大変お世話になりました。またの機会に紹介したいと思います。
師匠の教えを守るために「碁」for it(頑張る)!
倉敷吉備真備杯こども棋聖戦(山口県大会)
