2026年04月16日(木)

コラム・エッセイ

第百十九手「私の囲碁の師匠②」

「碁」for it 小野慎吾

 囲碁を強くなる道筋は沢山ありますが、師匠の存在は大きいです。

 11月13日掲載の同コラムで「私の囲碁の師匠①」は幼稚園から小学生時代の師匠の話をしました。今回はそれ以降の師匠の話です。

 中学生に入ってから、筆者はテニス部に在籍しましたが、囲碁の練習は欠かしませんでした。主の練習場所は新南陽駅前近くの碁会所でした。中学校卒業まで水曜日は部活帰りに、土曜・日曜日は昼から夕方までその碁会所に通い続けました。主の練習方法は対局で、まずは自身と近い実力の方を見つけ、その方とずっと打ち続ける練習をしました。

 最初は全く勝てない事が多かったですが、段々とその方がどこに打ってくるかがわかりようになり、勝てるようになりました。(対局してくださる方の囲碁の実力は変わらない前提です。)その当時、新南陽の碁会所は、20人近くの碁打ちがいて打つ相手には困りませんでした。勝てなかった相手を攻略?しては、次の目標を見つけそれを繰り返している内に、碁会所内で一番強いFさんと打つようになります。

 Fさんが私の中学生頃の師匠です。今まで攻略してきた誰よりも強く、なかなか勝利する糸口が掴めないまま数か月過ぎました。(Fさんはその頃県内ベスト8くらいの実力だったと記憶しています。)そこまで負け続けた結果、どのように立ち回りをすればいいかが段々とわかるようになり、中学3年生になる頃には勝率はちょうど半々くらいになりました。当時、自身の最大の目標は毎年8月頃に開かれる「文部科学大臣杯・少年少女囲碁全国大会」で、全国優勝をする事でした。子ども時代はこの1大会しか全国大会がなく、小学4年生時に初出場してベスト6に入賞しますが、それ以降は中学3年生までその成績を超える事はありませんでした。

 中学3年生になってからFさんに「自身が好きな時に好きなだけ対局をしてやるから、全国優勝をしろ」と発破をかけてくれました。Fさんは技術的な指導を丁寧にする方では無く、技術は背中を見て盗め!(笑)というタイプの師匠だった様に思います。そのため、アドバイスをくれるのはシンプルな意見で後は自身でどうにかしろといった感じだった様に思います。

 夏休みに入ってからは毎日朝から夜までFさんが対局をして下さいました。全国大会は8月初頭であったため、夏休みから大会まで2週間弱続けました。その結果、全国大会に行った際「自身以上に練習をした選手はいないだろう」という自信も出て、全国大会準優勝の好成績を収める事が出来ました。師匠のFさんから「準優勝は惜しかった。自身が攻撃的なアドバイスしか出来なかったのはすまなかった」とお褒め?の言葉を貰いました。この時の出来事は「集中して練習をすれば自信がつく」という体験になりました。

 今、自身の囲碁教室でも練習機会を多くするということを意識して教室をしています。

 練習が自信につながるよう「碁」for it(頑張る)!

立命館大学時代の同級生(全国大会)

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