コラム・エッセイ
(51)鷺草(さぎそう)
続々周南新百景 / 再 周南新百景 佐森芳夫(画家)![]()
詐欺による被害が続いている。特にその被害の多くが高齢者であることが痛ましい。人生という長く苦しい坂道を登り、やっと頂上にたどり着いた矢先のだまし討ちは余りにもひど過ぎる。
詐欺行為は絶対に許されるものではないが、だまされる者がいる限り詐欺がなくなることはない。だまされないことこそが、詐欺犯罪を撲滅させる唯一の方法と言えるに違いないであろう。
そのためには、過去の経験やプライドから「だまされリゃーせん」と自分自身を過信するのではなく、「だまされるかもしれない」という助言に対して真剣に耳を傾けることが必要である。
それでも、冷静な状態での判断は簡単でも、いざ当事者となった場合には普段通りの対応ができるとは限らない。常日ごろから、詐欺の被害に遭わないための注意を怠らないことも大切である。
詐欺とは、文字の通りいつわり、あざむくことである。軽蔑すべき下劣な行為であるが、詐欺の読み仮名である「さぎ」と同じ読み仮名から詐欺的な被害にあっているのが野鳥の鷺(さぎ)である。
そこで、野鳥の鷺は犯罪の詐欺とはいっさい関係がないと声を大にして言いたい。また、詐欺防止用のポスターに鷺の姿が用いられていることなどが、誤解を生む原因になっていると強く指摘したい。
それどころか、かって白鷺は白鳥とも言われ、神の化身や使いとして信仰されていた歴史が各地に残されている。その主なものが、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の白鳥伝説であろう。
その白鳥伝説は、あえて説明する必要もないほど有名であるが、まるで白鷺が空を飛んでいるかのような鷺草の姿を目の当たりにすると、伝説でさえもが呑みこまれていくような不思議な感覚に襲われる。
