コラム・エッセイ
(66)ユリノキ(百合の木)
続々周南新百景 / 再 周南新百景 佐森芳夫(画家)![]()
雪が降ると、なぜか気持ちが軽くなる。わくわく、どきどき感が増してくる。なぜそうなるのかは分からないが、記憶をさかのぼってみると子どものころからそうであったような気がする。
社会に出てから、仕事や通勤で雪による被害を直接受けることがあっても、積雪の中で生活する大変さを知ることがあっても、心の奥底に雪が積もることを期待する気持ちが消えることはなかった。
かと言って、雪だるまを作ってみたい訳では決してない。ましてや、雪合戦などとうてい望んではいない。また、子どものころの楽しかった雪遊びを懐かしんでいるものとも違うような気がする。
雪が積もった朝には、夜中に何度も窓を開けて外の様子をうかがったにも関わらず、いつもより早く目が覚める。寒さを気にすることなく身支度を済ますと、コーヒーを飲みながら夜明けを待つ。
急ぐには、それなりの理由がある。この辺りでは、めったに雪が降ることがなく積もることも少ない。たとえ積もったとしてもすぐに消えるので、せっかくのチャンスを無駄にしたくないからである。
新雪を踏みながら歩くのは、楽しい。すべての道が雪に埋もれ、そこにはいろんな足跡が残されている。市街に真っすぐ続く足跡は、仕事に向かう人のものであろうか。脇道に入るものは、散歩かもしれない。
一筋に伸びる轍(わだち)の跡は、新聞配達員のものであろう。ところどころに残るスリップの跡が、知られることのない苦労を物語っている。
公園では、見慣れた風景とは違った別世界が広がる。白い坂道と白い階段の両側には、白く雪化粧をした木々が並ぶ。冬枯れの百合の木も白い雪を纏(まと)って、まるで満開の花のように輝いている。
