コラム・エッセイ
(31)弾正糸桜(周南市鹿野)
続々周南新百景 / 再 周南新百景 佐森芳夫(画家)![]()
今年の春は、桜の花にとっても受難の季節であったに違いない。例年であれば、見事に咲き誇った花の下で多くの行事が行われ、大勢の人に花見を楽しんでもらえるはずであった。
しかし、新型コロナウイルスの流行で各行事が中止となり、見られる機会も激減した。そのうえ不要不急の外出を自粛しなければならないことで、個人でさえも桜の花をゆっくり楽しむことができなくなった。
散歩の途中をよそおったところで、桜の花の下を足早に通り過ぎて行くのが精一杯であっただろう。一人での花見ほど手持ち無沙汰で、寂しくわびしいものはない。
ところが、一人で静かに眺めるのに相応しい桜が鹿野地区に2本あることに気が付いた。そのうちの1本が、鹿野総合支所のすぐ横にある弾正糸桜であり、もう1本が金松(きんしょう)にある金松桜である。
2本の桜とも長い歴史を秘めていることから、集って楽しむよりも静かに桜の花と対面したい。この2本の桜に共通しているのが、かってこの地域を治めていた江良氏との関係である。
樹齢300年以上とも言われる弾正糸桜が生えている場所は、かっての江良弾正忠賢宜の居館跡であり、樹高30メートルを越える金松桜は江良丹後守房栄の菩提所金松庵があった場所と伝えられている。
ただ、陶氏の家臣であった江良氏についての詳細は不明である。江良弾正が毛利氏との戦いで須々万の沼城にろう城したことや筑前の立花城で討死したことが記録として残されている程度である。
『防長風土注進案』当島宰判三見村の記載から推測すると、江良弾正が亡くなったのは450年以上も前のことになる。すでに散り去った桜の、来年の開花を待ちたい。
