コラム・エッセイ
(82)シャリンバイ(車輪梅)
続々周南新百景 / 再 周南新百景 佐森芳夫(画家)![]()
車輪梅と書いてシャリンバイと読む。誰が名付けたかは明らかではないが、名前の由来を知ればそれなりに納得できる。たとえば車輪の名前は、枝葉がついている様子が車輪に似ていることから付けられた。
そして梅の名前は、そのまま五弁の白い花が梅の花に似ていることからである。これほど美しい花にも関わらず、車輪梅の名前や花があまり知られることがないのは不思議と言える。
その理由を考えてみると、車輪梅が街路樹や公園の生垣などとして植えられていることをあげることができる。もともと花を愛でるための目的ではないことから当然といえば当然かもしれない。
それは、美しさの判断が見る前から決められているということであろう。実際に見ているようであっても、物の本質を見ることもなくイメージされたものを錯覚しているだけのような気がする。
かと言って、それが間違いでは決してない。時にはイメージされた方が、大きな感動を受けることができる場合もある。たとえば観光旅行の名所めぐりなどがそれにあたるのかもしれない。
日常にはない感動を味わうことができることは、時には必要なことに違いないが、コロナ禍の現在では難しいことであろう。そんな時だからこそ、身近な物に目を向けるチャンスと言える。
道路沿いの街路樹に咲いた車輪梅の花が、遠出ができない中での密かな楽しみ方を教えてくれたように感じると言えば、言い過ぎかもしれないが。目線を楽しむことも必要ではないかと思う。
秋になると、花はブルーベリーに似た黒紫色の実をつける。食べることもできず花と同じように注目を集めることはないが、魅力を秘めていることに変わりはない。
