2026年07月15日(水)

コラム・エッセイ

(42) 落蝉(おちせみ)

続々周南新百景 / 再 周南新百景 佐森芳夫(画家)

 道端に、蝉が落ちていた。すでに絶命しているのであろうか、拾い上げても動く気配はなかった。体に大した傷がみられないことから自然死したものと思われるが、その見事な往生(おうじょう)に心を奪われた。

 人間で言えば、まさに行き倒れである。蝉がこれからどこに行こうとしていたのか、何をしようとしていたのかは不明であるが、誰に助けられることもなく死んでいることから野垂れ死にと言えるかもしれない。

 しかし、命がつきるまで蝉として飛んでいたことを考えると、天寿を全うしたとも言える。さらに、誰の助けも借りずに終焉(しゅうえん)を迎えることは、人間であればそう簡単にできることではないだろう。

 そこには、命が尽きれば死んでいくという、まさに単純明快な自然の摂理があるような気がする。たとえ着飾っていたとしても、いかに権力を持っていたとしても、蝉の最期と何一つ変わることはないといえる。

 その蝉の一生は、不思議に満ち溢れている。詳しいことは明らかではないが、土の中での生活は7年前後におよぶとされている。それに比べ地上に出てからは、わずか7日程度と非常に短い期間を送ることになる。

 その短い期間に、オスは鳴き声でメスを呼び寄せる。山全体に広がる蝉の鳴き声は、愛の叫びであり子孫を残そうとする必死な叫びでもある。そして、不思議なことにメスは地中ではなく木の皮の中に産卵する。

 卵からかえった幼虫には、自らの力で土の中にたどり着かなければならない試練が待ち受けている。なぜ最初から土の中に産卵しないかは謎であるが、そこには蝉でしか知りえない秘密があるのかもしれない。

 蝉の死骸(しがい)は、いつの間にか消えていた。野鳥がくわえて逃げたのだろうか、それとも風に吹かれて飛んで行ったのだろうか。死骸の後には、いつもと変わることのない道端の風景が残されていた。

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