コラム・エッセイ
年末特別版
周南漫歩デジタル化とのつきあい
◎原稿を書くにも、調べものをするにも、連絡をとるのもパソコンが不可欠になってだいぶたつが、最近はこれにスマホが加わった。
◎連絡だけでもメール、電話のショートメール、ラインも職場関係だけで何種類もある。緊急の連絡など「あってよかった」と思うこともあるが、面倒くさくなることも多い。
◎国はほとんどの手続きをスマホからできるようにするらしい。デジタル化は社会を便利するためのもの。本来は経済的に不利な人や、ハイテクに縁遠い人ほどその恩恵を受けるべきではないのか。来年はこの視点からもデジタル化の進展を見ていきたい。(延安)
「声」を「形」に
◎新聞にこそ「一人の声」を「形」にする役割があることを痛感した1年だった。8月には新周南新聞社に入社して25年になったが、四半世紀もペンを持ち続けてようやく気づいたターニングポイントになった。
◎国民宿舎大城の駐車場の案内員の応対改善▽投票所の段差解消のスロープ設置▽工事中の荒神大橋のセンターラインの見えにくさの改善―これらはすべて読者からの投書がきっかけだった。読者に代わって国民宿舎大城▽周南市選管▽県周南土木建築事務所に投書の要旨を伝えて回答を求め、投書と回答を一緒に紙面に掲載することで訴求力を高めた。
◎ペンに力があるとすれば、それは困っている人の課題を解決するために使われるべきだ。それを入社25年の節目の年に改めて認識できたことは、大きな成果だった。
◎さらに11月からは報道部次長を拝命して、デスク業務の一端を担い始めた年でもあった。新年も一人でも多くの「声」を一つでも多くの「形」にするために力を尽くしていきたい。(山上)
アイフォン登場から13年
◎アップルのアイフォンが日本で発売されたのは2008年。最先端の情報端末に触れたいがために、当時唯一アイフォンを取り扱っていたソフトバンクに電話契約を切り替えたことを覚えている。
◎最先端のおもちゃを手に入れたような感覚で、画面に表示されたアプリをタッチしていた。
◎13年経ったいま、アイフォンを始めとするスマホは、個人や社会とのコミュニケーションだけでなく、口座管理、行政手続きもできる生活必需品とさえ言える。いつでもどこでも情報にアクセスでき発信できるスマホ登場前と後では、世の中の仕組みが変わったと感じる。
◎2年近く続くコロナ禍で、マスク着用の相手との対面、リモートでのやり取りが常態化した。来年は、情報発信を生業とする新聞社の一員として、求められる情報、取り扱い方、情報に触れる人間の感覚などこれまでの固定観念や常識を見直し、模索しながら新スタートを切りたい。(山根)
伝える仕事
◎「人に伝える」ことの難しさを痛感する。取材をして、理解して、それをわかりやすく“伝える”文章を書く。うまくいったり、いかなかったり。
◎中学生のとき、職場体験で新聞記者の仕事をしたことを思い出す。写真は今起きていることを1枚で伝えるものを撮る、文章は分かりやすく簡潔に。
◎秋に住吉中の生徒が職場体験に来た。1日かけて仕事を説明して、一緒に取材をした。説明を口頭でしたが、目の前にいるのに伝わっているか不安になった。新聞を読む姿を直接見ることはない。伝わっているのだろうか。
◎ある日記事を読んだ読者の方から電話が入った。「書いてくれてありがとう」と言われ、初めて読者に伝わったと実感した。来年もきっと模索の日々だと思う。記事を読んでくれた人の心に残るものを書けるよう頑張っていきたい。(松井)
向き合う勇気
◎新型コロナウイルスのワクチン接種が医療従事者から始まり、コロナ禍の中で東京オリンピックが開催された。コロナは見えなかったもの、見えなくしていたものを浮き彫りにした。
◎緊急事態宣言が9月に解除され、10月からは各地で行事やイベントが開かれ、マンパワーに圧倒された。マスク越しでも笑顔が見えた。
◎記者の仕事に就いて4カ月。毎日が緊張の連続。今まで足を運ぶことがなかった市役所は宇宙のようだった。物事が複雑に絡み合い、せめぎ合いながら成り立っている。こぼれているグレーゾーンに「大変だ」と言うだけでは何にもならない。自分は自分の言葉で問い、伝える訓練が必要だ。もう緊張で「お腹が痛い」とは言っていられない。(山下)
