コラム・エッセイ
賢道さん、安らかに
周南漫歩◎中村議長、というより“賢道さん”と言う方が自然なほど気さくな人だった。光市の中村賢道議長の急逝には本当に驚いた。
◎亡くなる六日前に市民ホールで開かれた市議会報告会でも元気にあいさつし、閉会まで壇上に座っていた。ただ、あいさつの際、息遣いが荒かったのが気になったが、マイクの性能が向上したぐらいにしか思わなかった。
◎賢道さんは終戦前年に旧満州に生まれ、引き揚げた福島県いわき市で中学を卒業するまで暮らした。それが縁あって防府市の多々良学園高に進学し、卒業後は新日鉄に入社。ここで初めて光市とのつながりができたわけで、人生はわからないものだ。
◎そんな賢道さんは市議会を揺るがしたセクハラ問題では厳しい姿勢を貫いた信念の人だった。他市の選挙になると筆者の携帯電話を鳴らして「○○候補は大丈夫?」と仲間の戦況を気にしていた。
◎賢道さんが地域に残した優しさと思いやりはきっと長く語り伝えられることだろう。どうぞ安らかに。(山上)
