コラム・エッセイ
No.5 9月17日(土) 番地頼りにフエを右往左往 フンさんと3年ぶり再会
ベトナムは今 コロナ禍を乗り越えて(9月16〜20日) 記者・IMAYA理事 山上 達也40度を軽く超えているとしか思えない灼熱のフエの街を、岩本功IMAYA理事長ら我々4人は、観光を終えたグエン朝の王宮からゴ・バ・フンさん(38)が経営する聴覚障害者支援事務所に徒歩で向かう。頼りになるのはスマートフォンの画面に映し出された現在地の地図だけだ。
フンさんは国立フエ医科薬科大学のOGCDC(遺伝カウンセリング障害児基金)の元スタッフで、今は独立して聴覚障害者支援事務所を経営している。
IMAYAにとってゆかりの深い彼の起業を祝福し、激励しようと訪ねることにした。我々の訪問の意向は日本出発前にメールで彼に伝え、フンさんから「午後2時、ニャット・リ通り110番地の事務所でお待ちしています」と返事をもらっている。
フエの街は王宮がある旧市街と、ベトナム戦争後に開発された新市街に大別され、フンさんの事務所は王宮と同じ旧市街にある。王宮から徒歩約30分で「ニャット・リ通り」の標識がある通りにたどり着いた。
ベトナムの家屋には日本のよりも大きな番地の番号札が見えやすい所に表示してあり、ほぼ番号順に並んでいるので、訪問する家や店舗には本来はたどり着きやすいはずだ。我々もその番号順に沿って歩いて行ってみるが、110番地の番号札がある家はどう見ても普通の民家だ。
そこでスマホからフェイスブックの通話機能を利用してフンさんに電話してみたが、音質が悪い上に、英語で話そうにも互いに日本語なまり、ベトナム語なまりで相互理解が難しい。英語に堪能な岩本理事長にかわってもらったが、それでも音質の悪さゆえにらちがあかない。
そこで110番地の近くの店に飛び込んで下手な英語で「ニャット・リ通り110番地はどこでしょうか」と聞いてみた。若い女性の店員は片言の英語で「交差点の向こうですよ」と教えてくれた。
その交差点に行ってみたものの「110番地」の番号札の建物は見当たらない。岩本理事長と話して「もう難しいですかねえ。またにしましょうか」とあきらめかけようとした矢先、フンさんがバイクに乗って交差点まで我々を探しに来てくれたのだ。
フンさんとの3年ぶりの再会はなんと、灼熱のフエの街中の交差点だったのだ。みんなで握手し合って喜びを分かち合い、フンさんが徒歩の我々をバイクでゆっくりと彼の事務所に誘導してくれた。
なんとその事務所、さっきの若い女性店員がいる店の斜め前ではないか。まあ、深く考えないことにしよう。
彼の事務所は6畳の広さ。彼が国立ハノイ医科大で取得した聴覚測定国家資格の証明書が掲げられ、ドイツのシーメンス製など外国メーカーの補聴器を販売するための検査機器が充実していた。
彼は「5年前に起業したが、ここ3年はコロナ禍で業績の低迷が続いて先の見えない悩みを抱えていた。でもIMAYAの皆さんが来てくれて元気が出た。もっと頑張りますよ」と決意を述べ、我々も胸が熱くなった。
「ニャット・リ通り」の標識(下)
再会した岩本理事長(左から2人目)やフンさん(同3人目)ら
フエの街並み
