コラム・エッセイ
親不知を目指す㉙ 「いよいよ栂海新道に」
おじさんも頑張る!~山の話あれこれ~ 吉安輝修槍ケ岳や穂高岳の周辺山域や八ケ岳周辺では、3時間も歩けば有人の営業小屋が現れる。言い換えればそれだけ登山客が多く需要があり、経営が成り立つということだろう。
一方、朝日小屋は有人小屋としては北アルプスの最北部に建ち、ここに至る登山道はいくつかあるが、いずれも1日がかりの長丁場となり、登山口までのアクセスを考えると、かなりの体力と時間的余裕が必要になるが、幸いにも白馬から朝日小屋までは花の宝庫でもあり、花を愛でる多くの人が訪れるという。それと、小屋の管理人が女性(清水ゆかりさん)で、きめ細やかな心づかいが評判を呼び常連さんも多いという。
どこの山小屋とは言わないが、中には「泊めてやる」的な態度で接する従業員に不快な思い出しか残っていないところもあったが、この朝日小屋は前評判通り、アットホームで快適な小屋だった。その雰囲気からか、宿泊客の表情も自然と穏やかになっている気がする。
この日の宿泊客は10人足らずだった。夕食時には管理人のゆかりさんの「きょうは遠路お疲れさまでした〜」とねぎらいの挨拶から始まり、スタッフの紹介や料理も全て手作りだと、この小屋ならではのこだわりを語ってくれた。全員で食前酒のワイングラスを片手に「カンパーイ!」の発声に、一瞬ここが山小屋だったことを忘れ、同席の他人が旧知の人のような気になるから不思議だ。
食事中に各コースの最新情報を提供してくれるのも有り難い。「明日栂海(つがみ)新道に入る人は?」の問いかけに手を上げたのは自分一人だけで、「栂海山荘」の先の「白鳥小屋」までだと言うと、「99%の人がそう言われるけど、たどり着けるのは1割の人です…。秋は日暮れも早いし、気温も下がるので早朝出発して、12時台に栂海山荘に着けなかったら、先には進んではダメです」との忠告と天気や水場の最新情報も有り難い。こんなやり取りも含めてこの山小屋の魅力なんだろう。確かにまた訪れたいと思わせる小屋のひとつだ。
翌朝はゆかりさんに見送られて日の出前にヘッドランプを灯して歩き出した。昨日越えてきた朝日岳を登り返し、とうに花の盛りは過ぎてはいるが、それでも可憐に咲き誇る花の群落の中を歩いて「吹上のコル」と呼ばれる栂海新道への分岐に着いた。
いつかは歩いてみたいと思い続けていた栂海新道の起点だ。ステンレス板に「栂海新道を経て親不知・日本海へ」と切り抜かれた道標を前に半世紀も前に読んだ「山族野郎の青春」の縦走路伐開記録をあらためて思い出し、当時の“山族”達が10年にも及ぶ辛苦の歳月をかけて開通させた道にいよいよ踏み込むんだと、ちょっと感傷的にシャッターを切る。
ルートは多少荒れて不明瞭な箇所もあるかと覚悟していたが、思いの外よく整備され、アヤメ平、黒岩平と草原状の地形に池塘(ちとう)が点在し、度々足を止めて見惚れる。形容するならば「秘境」いや「楽園」かもしれない。
朝日小屋での夕食:一瞬ここが山小屋だったことを忘れ、同席の他人が旧知の人のような気になる
朝日岳のお花畑:盛りは過ぎているが可憐に咲き誇る花の群落の中を歩く
吹上のコル道標:いよいよ栂海新道に踏み込む
ルートはよく整備され、アヤメ平、黒岩平と草原状の地形に池塘が点在する
