コラム・エッセイ
親不知を目指す(上)㉚「ついに日本海の海水にタッチだ」
おじさんも頑張る!~山の話あれこれ~ 吉安輝修前日は標高2千メートル以下は厚い雲海の中で、北に向けて連なる山々の全容は全くうかがい知ることが出来なかった。一転してきょうは360度さえぎるものがなく、行く手の状況が手に取れるようにわかる。
どうやら黒岩山から先が栂海(つがみ)新道の真骨頂のようで、野性味の残る道だ。稜線の真上を忠実にトレースするルートは巻き道が全くない。山腹を横切る道は雪崩などで損傷するというのが理由というが、数十メートルのアップダウンが延々と連続している。犬ヶ岳の山頂付近に建つ栂海山荘の赤い屋根が遠望できるのだが、これがなかなか近づかない。体力勝負のルートに間違いないが、初めて歩くには少々のメンタルの強さも要りそうだ。“山族野郎の青春〟で「アルプスの完全縦走は真正面からの直球勝負で完歩することによって、長か7たなあという実感と達成感を味わえるのではないか」と著者の小野健氏は語る。確かにそうかもしれないが…。
歩き出して7時間。栂海山荘が建つ犬ヶ岳には正午ちょうどに立った。昨夜、朝日小屋を出てこの先に進む人は1割ほどだと聞いていたが、確かに体力的には十分満足できる。小屋のベンチに腰を下ろして大休止とし、地図を出して作戦を練る。
これから先は海抜0メートルの日本海に向けて下り基調だが、数十メートルのアップダウンが数えるのも面倒なほど続いている。今のペースで歩けば、もう4時間弱も頑張れば次の白鳥小屋まで前進できる。十分な余力があるわけではないが、まだやれる。もう一人の自分が無理をするなとささやくが、フルマラソンでいえば35キロを過ぎたあたりだろうか。もうひと頑張だ。ゴールは近いぞ!
黒岩山までのルートは低かん木が中心で常時上空を見上げることが出来たが、標高が1300メートルを切ると周囲の木々の背も高くなり、菊石山付近では見事なブナ林の中を歩くようになった。気温も上がり、夕刻近くというのに風がないとむっとするする熱気に下界が近いことを感じる。
きょう最後の水場で1リットルだけ補充し、大汗をかいて今夜の宿となる白鳥小屋には16時40分に着いた。それにしても際限なく続くアップダウンには鍛えられた。小屋の前に荷物を放りだし、はるか遠くになった朝日岳をよく頑張ったなあ…と振り返る。
翌朝は日の出と同時に歩き出した。きのうと一転し、急こう配の下りが続き高度は面白いほど下がっていく。1時間半ほどで車道に出会う。標高600メートルの坂田峠で、登山地図では坂田峠登山口と記されている。ここを基点に入山する人も多いのだろう。タクシーを呼んで車中の人となることも可能だが、もちろん選択肢になく却下だ。

黒岩山から先は野性味の残る道だ。稜線の真上を忠実にトレースしている

歩き出して7時間。栂海山荘が建つ犬ヶ岳には正午ちょうどに立った

菊石山付近では見事なブナ林の中を歩くようになった

大汗をかいて今夜の宿となる白鳥小屋に着いた

屋の前に荷物を放りだし、はるか遠くになった朝日岳をよく頑張ったなあ…と振り返る
