2025年11月09日(日)

コラム・エッセイ

親不知を目指す(下)㉛ 「ついに日本海の海水にタッチだ」

おじさんも頑張る!~山の話あれこれ~ 吉安輝修

 しばらく下りの連続だったが、尻高山、入道山といくつもの山を登り下りするが、高度は確実に下がっていく。地形図でこれが最後のピークだと確認したのが標高400メートル。徳山でいえば大華山の頂上にいるようなものだ。ただ、樹林の中で下界の様子は全く見えない。耳をすませば車の音が聞こえる。もう秒読みだ。

 頭の中では、親不知海岸に下って日本海の海水にタッチする自分の姿を想像し、その時どんな感情が沸き上がるのだろか。感涙にむせぶことはないだろが、数年越しでやっと叶えた北アルプス縦走完遂をしみじみと回想するのだろうか。その瞬間を演ずる必要はないが、沸き起こるだろう感情を想像している。

 最後の下りは杉林の中で相変わらず人工物は見えないが、車の音が次第に大きく聞こえるようになった。もどかしいが、すぐそこに国道が通っているのはわかる。その国道を渡れば目の前は親不知海岸だ。最後の数歩をどう終わらせようか…。いきなりだった。目の前を国道が横切り、その先にはコンクリート造りの親不知観光ホテルが飛び込んできた。ちょっと拍子抜けだ。でも最後のメインイベントは日本海の海水にタッチすることだ。その先にはきっと感動的な瞬間が待っているに違いない。

 海岸への降り口を探していると、にぎやかな歓声や手を叩く音が聞こえる。何事かと周囲を見回すと、どうやら自分に拍手をしてくれている集団のようだ。どこから歩いてきたのか尋ねられて唐松岳からだと言うと「すごいねー」「おめでとう」などとたいそう立派な賛辞を沢山いただいた。

 何でもいつかは白馬岳から親不知まで栂海(つがみ)新道を歩いて縦走したいというオジ様やオバ様たちで、今回は終点の親不知に下見に来たとのことだ。しばらくは質問攻めで、挙句に握手をしてくれと頼まれる始末だ。

 今の姿は都会を歩けば「オヤジ狩り」だと石を投げられても仕方がない無精ひげは伸び放題でヨレヨレになった汚い年寄りだが、まるでスターにでも出会ったかのようなはしゃぎように戸惑う。言うなれば野口五郎か西城秀樹にでもなったようなものだ。

 いや、彼ら(彼女)の年恰好からすると、舟木一夫か橋幸夫かもしれない。最後は感傷的にゴールするものだと思い続けていたが、まるで想像もしなかったシチュエーションになんだか拍子抜けだ。

 ようやく親不知海岸に下りた。台風接近のニュースを山上で聞いたが、その影響だろうか、すでに波は高く近づけるものではない。波の引き際にちょこっとだけ海水にタッチしたが、さっきのスター気取りの余熱からだろうか特別な感情が沸かない。それでも目まぐるしく変わる天候に翻弄されながらも山上で過ごした5日間は生涯忘れられぬ山旅の1ページになったことは確かだ。

 あれから2年。このご時世では県外移動も山歩きも自粛で、山仲間との出会いも皆無となった。昨年秋に少し感染者数が減り始め、何とか収束するかと思いきや、GOTO何とかのせいではないとのことだが、恐れていた医療崩壊も現実となり、とてものんきに山になんか行けるものではない。

 こんなコロナ禍の最中に長々と「親不知を目指す」にお付き合いい下さった皆様ありがとうございました。

 そして小野健さん夢をありがとう。  完

いきなりだった。目の前を国道が横切り、その先にはコンクリート造りの親不知観光ホテルが飛び込む

野口五郎か西城秀樹にでもなったようなものだ。いや、舟木一夫か橋幸夫かもしれない

親不知に建つ顕彰プレート:小野健さん夢をありがとう

波の引き際にちょこっとだけ海水にタッチしたが、特別な感情が沸かない

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