コラム・エッセイ
山なんて嫌いだった⑤「日本の森の将来は…?」
おじさんも頑張る!~山の話あれこれ~ 吉安輝修自分の要領の悪さが主因だろうが、この数か月間というもの、それこそ目の色を変えて山と格闘し終え、収支をはじいてみてしみじみと“山はつまらん!”と溜息をもらした。
何十年も手間暇かけて育った木を粗末な扱いをしてはバチがあたると、丁寧な仕事をすればするほどコスト高になり、ますます手取りが少なくなる現実を身をもって知った。どう考えても今の時代では林業が経済的(経営的)に魅力だとは思えない。
とはいえ、今でも木を伐ることを生業とする人もいる。話を聞いてみると樹齢50年から60年の山林を1反(300坪)当り数万円でなら買う業者がいるとのこと。もちろん2反、3反の単位では見向きもしてもらえない。最低でも1町歩(3,000坪)くらいまとまって、しかも道路に接しているなどの好条件でのこと。それでもせいぜい数十万円だ。これでは植林にかけた手間代も出ない。
しかも、伐採跡地は先人達に唾を吐きかけるがごとく散らかし放題、やりっ放しだ。細い木や曲がった木など値の安いものは放置状態だ。要は手間をかけるだけの価値が無いということだ。
つい先日聞いた話だが、家の裏山の杉が大きくなったので伐採してもらうことにしたという。息子が業者とやり取りして25万円という見積もりを父親に見せると「100万円くらいにはなると思ったが最近は木も安いのでそれで手を打つか…」「そうじゃない。25万円の切賃を出さなくてはならないんだ…」という笑い話のようなことが現実なのだ。
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最近になって読んだ(読み返した)本のことを少し。
「絶望の林業」(田中淳夫2019年8月新泉社刊)という全く容赦のないタイトルに、実は最終章あたりになって山の価値が大化けするなどという展開をちょっとだけ期待して読み進めた。ところが終始絶望的な話題だった。最後にちょっとだけ「絶望の中に希望はみつかるか」のくだりで著者の理想的林業の形が語られている。詳しくは別の機会に譲るが、個々人のレベルでいかに奮闘しようと国土の7割ともいわれる森林(林業)の明るい未来は見えそうにない。
「山を買う」(福崎剛2021年3月山と渓谷社刊)帯に“一山たったの数十万円?ウイズコロナの時代にわかにブームとなっている「山林購入」のすべて〟とあり気になって読んでみた。最近はコロナの影響もあり、キャンプがブームだという。自分だけのキャンプ場を持つのが流行りらしい。でも冷静に考えてみてその適地がどれだけあるのか、草刈りはじめ維持管理を永続できるのか疑問だ。
所詮はブームだ。コロナの巣ごもりでペットを飼うのもブームになったが、飽きて捨てる人も多いという。果たして日本の森の将来は…

伐採跡地は散らかし放題、やりっ放しだ

自分だけのキャンプ場を持つのがはやりで山を買うという

山の価値が大化けするなどという展開をちょっとだけ期待して読み進めが…
