コラム・エッセイ
祖母〜傾山縦走記㊱ 《お行儀は悪いが…》
おじさんも頑張る!~山の話あれこれ~ 吉安輝修祖母山からほぼ視界の無い中を約8時間歩いて今夜の宿となる少々年季の入った九折越の小屋にたどり着いた。ここは常駐の管理人のいないあくまで避難小屋なので寝具も無ければ灯りも水道もない。昔はトイレも併設されていたようだが、このご時世だ。汲み取りにも管理にも手間と金がかかるとなれば、解体撤去という宿命もうなずける。
利用する登山者としてはそういった設備のないことを前提に全てを背負っていくことになるが、例えくたびれてほこりっぽい小屋でも、こんな山奥にしっかりと風雨をしのげる施設が存在しているのは有り難い。テントも背負ってきたのでいざとなれば寝場所に困ることはないが、畳一枚分にも満たない狭い空間では寝袋に潜り込んで寝るだけならともかく、諸々の作業を考えると快適さでは山小屋に負ける。
話が飛ぶが、北アルプスなどのシーズン最盛期の山小屋では定員オーバーで寝返りもできないほど詰め込まれることがある。そんな時は多少狭くてもテントのほうが良い。もちろんこんな時はテントサイトも一杯で、隣のテントとほとんどひっつくほど密集状態となる。無風で風音もない静かな夜は、話声や寝言はもちろん深夜のおならの音など筒抜けで、ゴソゴソと耳に入る気配でおよそ隣人は今何をしているのか分かるほど音に関してはプライバシーなど皆無となる。それでも布きれ一枚の内側は自分の専有空間だと宣言できるのが良い。
さあ、今夜はこの小屋を独占できるぞ。日没までにはまだ小一時間あるが、まずは寝場所作りだ。行動中は全く不要な寝袋やマットといったものはザックの一番底に押し込んであるので中身を全て出すことから始める。
全くの暗闇の中でライトを照らしながらでもこんな作業が出来ないことはないが、大抵は小物が見当たらなかったり、踏んづけたり蹴っ飛ばしたりという粗相が多くなる。
とにかく寝場所の段取りが最優先だ。お行儀はとんでもなく悪いが、どうせ座布団もテーブルも無いのなら、寝袋に下半身を突っ込んで上半身を起こして食事の準備から片づけまで済ませ、そのまま寝てしまうことさえある。
小屋の中が薄暗くなり始めた。まだスイッチは入れないがヘッドランプを頭につけて夕食用のお湯を沸かす。静かな小屋の中でバーナーがゴーゴーと威勢の良い音を響かせ数分でカップ1杯分が沸騰する。このお湯を注いで15分待てばご飯ができるのだが、この間に地図を入れ替えたり、行動食の詰め直しなど明日の段取りをする。
それでも10分とかからない。ここでようやく無事に到着出来た祝杯だ。持参の酒をたった一つしかない鍋兼食器に注いでクイッとやる。すぐにフリーズドライのおかず用にもう一回お湯を沸かす。二杯目は食後だ。
特別に時間の計算などしていないが、なぜか一人で山に来るとこのように無駄のない動きができるのが不思議だ。

例えくたびれてほこりっぽい小屋でも有り難い

テントは布きれ一枚の内側は自分の専有空間だ
