コラム・エッセイ
親不知を目指す㉓ 「秋の山が良い」
おじさんも頑張る!~山の話あれこれ~ 吉安輝修山歩きのベストシーズンはいつ頃かと尋ねられることがある。四季折々それぞれの顔に甲乙つけがたいが、個人的には森林限界を超える山を歩くのなら秋が良い。それも9月の中旬以降から10月初旬が良い。
一般には真夏は日が長くて行動時間もたっぷりありそうだが、実は熱雷が怖い。天気の良い日の午後は特に発生の確立が高く、岩稜では逃げ場がないので昼過ぎには行動を終えないといけないこともある。
随分と昔の学生の頃にこの熱雷につかまったことがある。天気は快晴の午後だったが、にわかに雲が沸き、あっという間に黒い雷雲の中だ。下界では雷は上から落ちるが、雷雲の中となれば横からも下からも落雷攻撃で、ザックを放り投げて急斜面を転がるように下降して大きな岩陰に潜り込んだ。近くの落雷で、稲光と耳を裂くような雷鳴と振動に生きた心地がしない。まさに雷雨だったが、カッパを取り出す余裕もなく、全身ずぶ濡れになって雷雲が去るのを祈りながら待った記憶がある。
その恐怖体験がトラウマになって、どうも真夏に高い山には行きたくない。ところが9月も中旬になるとこの熱雷を心配せずに日の出から日没までたっぷりと12時間近く行動できるのだ。
そのかわり、台風接近や秋雨前線の影響、上空に思わぬ寒気が入り込んで山上で雪になるなど好天が長続きしないという問題もある。さらに残雪も消えるこの時期の稜線歩きでは、水が確保できないのが長期縦走の悩みの種だ。もちろん高度を下げれば水流のある沢もあろうが、そう簡単には見つからないし、そもそも安全に往復できる道などない。
そんな秋の山で有り難いのが有人の山小屋で水を確保できることだ。天水(雨水)が1リットル数百円とガソリンよりも高価だが、背に腹は代えられない。1泊くらいなら水を背負うこともできようが、数泊以上ではちょっと厳しくなる。
それでも秋の山が良いのは連休や週末を外せば、人に出会うことも少なく、静かな山旅ができるからだ。
◇
午前中は一時本降りで、ほとんど視界もなかったが、予報通り午後からは急速に天気が回復してきた。振り返れば、さっきまでガスの中だった杓子岳が姿を見せた。前方の白馬岳の上部はまだガスがかかるが、まもなく上がるだろう。
次第に山の全容が現れる。隠れていた山の姿を想像しながら歩いていたが、まるで答え合わせをするかのように納得する。
午後2時過ぎ。せっかくの天気に先に進みたいのだが、きょうは白馬岳のテント場までとする。テントの先客は数組ほど。今夜も静かな夜になりそうだ。
そうそう。テントの受付で水を確保しよう。
前方の白馬岳の上部はまだガスがかかる
テントの先客は数組ほど。今夜も静かな夜になりそうだ
さっきまでガスの中だった杓子岳が姿を見せた
