コラム・エッセイ
親不知を目指す㉔ 「荘厳な朝を迎えた」
おじさんも頑張る!~山の話あれこれ~ 吉安輝修日の高いうちにテントを立てた。早々に寝場所を確保したことは、山の教科書でいえば大正解だが、他にやることがないので困る。若い時ならいざ知らず、歳を取ってからは眠るのにもエネルギーを使う。早く寝てしまえば夜中に目が覚める。
眠れぬまま夜明かしとなり、体内時計が狂ってしまって体調も気分も落ち込むことは経験済みなので避けなければならない。明るいうちにガスも上がって見渡せるようになった白馬の景色を楽しもう。防寒に一枚羽織ってテントを出る。
白馬岳の立地は、例えるなら三大都市圏の一つかもしれない。北アルプスの玄関口、上高地を基点とする槍や穂高を首都圏に例えるなら、白馬は中京圏か近畿圏といっても間違いではないだろう。山歩きに全く興味のない人でも、位置関係などは別として、槍ヶ岳や穂高岳などと同様に一度や二度は耳にしたことがあると思う。言うなれば、北アルプス北部での屈指の“大都会〟のようなもので、ここを目指して方々からの登山者が集まる。
北アルプス主脈を親不知までの縦走完遂には必ず白馬岳を踏むことになるし、標高差が600メートルもある大雪渓を詰め上がるルートは一番人気で白馬岳への登山道の代表格だ。蓮華温泉や栂池から白馬大池経由で至るルートをたどる人も多い。ちょっとマイナーで玄人志向だが、祖母谷(ばばだに)温泉から不帰岳を踏むコースも捨てがたく、すべては白馬岳の頂を目指すためにあるようなものだ。
そんな白馬岳直下のキャンプ指定地は、一番人気の大雪渓コースの終点でもある。もっとも今の時期(9月下旬)は、さすがの大雪渓も溶けて“小雪渓〟になっているが、登山口までの交通の便も良く、最短で白馬岳に立つことができるので登る人も多い。
何人もの人がカラフルなカッパ姿で登って来るのが見える。きょうは鑓温泉分岐で1人に出会ったきりだったが、夕方テントに戻るまでの2時間くらいに、おそらく数十人は登ってきただろう。山にも限界集落があり、大都会があることを実感する。
翌朝は、やっぱり真っ暗な3時過ぎに目が覚めた。ベンチレーターから空を見上げると星空だ。好天が期待できる。出発予定は日の出に合わせて6時前で、食事やテントの片づけを入れても1時間ちょっとあれば済むし、無駄に電灯をつけたくはない。
荘厳な朝を迎えた。昨日の荒天の中を歩いたからこそ、この素晴らしい夜明けが目の前にある。越えてきた杓子岳、鑓ケ岳の連なりが迫力だ。雲海の先には劔(つるぎ)岳の峰が顔を出す。東に目を転ずれば、雲海に浮かぶ妙高の山々から日が昇る。手を合わすことはしないが、そこにはやっぱり神々しさがある。
白馬岳の頂を目指して更に高度を上げると、雲海が切れて剱岳の全容が現れた。遠くからでも一目でそれと分かるシンボリックな山容は目を離させない。
越えてきた杓子岳・鑓ケ岳の連なりが迫力だ=雲海の先には劔(つるぎ)岳
雲海が切れて剱岳の全容が現れた
雲海に浮かぶ妙高の山々から朝日が昇る。やっぱり神々しさがある
