2025年11月09日(日)

コラム・エッセイ

親不知を目指す⑰「時を忘れて…」

おじさんも頑張る!~山の話あれこれ~ 吉安輝修

 それにしても素晴らしい眺めだ。雲(ガス)一つない大展望というのも良いが、山肌にからみつくようにガスが沸き、ひと時も同じ姿を見せない一瞬の芸術とでも言おうか、次々と新しい手法で誘惑し、この場に釘づけしようとしているのではなかろうか。まるで山にも風にもガスにも意識があるのではないかと思うように魅せる。

 たった一人の山頂は特等席だ。山は下からでは仰ぎ見ることになるが、ここから見る山々はまさに目の高さで飛び込んでくる。誰に気兼ねすることなく刻々と変化していく山々の姿を思う存分堪能できる。

 白馬岳の方角を眺めている間にも見え隠れする五竜岳の方が気になる。そのうちに遠く剱岳がまた別の姿になって雲の上から顔を出す。360度の大展望に、岩の上に下ろした腰を軸にして何度も体の向きをかえていく。一回りする間にさっきとは別の表情で迎えてくれる。ここを歩くに当たり、この何年間に何度も地図を広げてきた。さすがに頭の中にはこの周辺の山の位置関係はおおむね入っていて、雲に隠れていた山が姿を現すたびに山名をつぶやき、雲に遮られるさらにその先に連なる峰々の名をそらんずる。

 ところで、山のガイド本や登山地図にはコースタイム(参考タイム)が載っている。計画を立てる際に役立っているが、あちこち歩いていると辛口と甘口があることに気付く。八方尾根から登る唐松岳山頂までは4時間強とある。これは休憩を含まない時間なので実際には1割から2割増しとなる。

 今回は遅れを取り戻そうと急ぎ足だったとはいえ3時間を切って着いた。あきらかに甘口だ。これは勝手な憶測だが、リフトを使って手軽に中腹まで登れる分、山頂までの時間配分を多少大袈裟にしておかないと、それこそサンダル履きの観光客が勢いで突っ込んでくるからではなかろうか。ある意味で黄信号的な注意喚起の意味合いもあるのではなかろうか?などと邪推してみる。

 話がそれた。唐松岳の山頂には午後1時40分に着いた。この先は不帰の瞼を越え、不帰のキレットと呼ばれる鞍部から天狗尾根を一気に400メートル登り返せば当初の目的地、天狗平のキャンプ指定地だ。コースタイムは5時間だが、4時間もあれば歩ける自信はある。日没は午後6時なので直ぐに歩きはじめれば何とか間に合う。そんな計算をしながら歩いてきた。

 ところが、山頂から眺める刻々と表情を変える山の姿に時を忘れてしまった。気がつけば午後3時だ。1時間以上も眺めていたことになる。日はしっかりと西に傾き、自分の影が眼下のわき立つ雲に映る。さすがにこの時間では厳しい。

 こうなったら回れ右をして唐松岳のテント場だ。でも、この結果は残念でも何でもない。むしろ久々にじっくりと山と向き合え、何とも言えない幸福感に包まれている。ようやく五竜岳も全容を現した。やっぱり山はいい。

目の前に不帰の瞼が現れた:手前からⅢ峰、2Ⅱ峰南峰、Ⅱ峰北峰、Ⅰ峰と続く

不帰の瞼の先に天狗の頭:この先にキャンプ指定地がある

気がつけば1時間以上山頂にいた。ようやく五竜岳も全容を現した

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