コラム・エッセイ
親不知を目指す㉕ 「記念にはならないが…」
おじさんも頑張る!~山の話あれこれ~ 吉安輝修午前6時前に白馬(しろうま)岳の山頂に立った。多くの登山者が、ご来光を山頂から眺めようと夜明け前から列をなして登って来ている。ざっくりと30人ばかりだろうか。百名山ブームは衰えることなく、多くの熟年登山者が少々熱病的にあこがれる一座だ。
こうして夜明け前からでも容易に歩けるのは、山頂直下に立派な山小屋やキャンプ指定地があるからでもあるし、何より天気が良い。昨日が嘘のような穏やかな朝だ。風もなく雲海の先から昇る朝日を拝めることはラッキーとしか言いようがない。
山頂からは360度さえぎるものがない。中腹以下は雲海の下で、言い換えれば俗世を覆い隠しての大展望だ。長い間ずっと思い描いていた遠くに続く山並みが現実に目の前にある。感動とか感激といった心が躍る心境ではなく、どちらかといえば「納得」とか「合点」したというものかもしれない。
正面には、はるか10キロ先となるきょうの目的地となる朝日岳までの縦走ルートも鉢ケ岳、雪倉岳と連なる峰々を確認できる。東にはNHKで放送された「坂の上の雲」のエンディングで流れた小蓮華山に続く峰々が続き、その先には妙高が顔を出す。やはり納得だ。
この展望を堪能していると、自分と年恰好が近い人から、山頂に立つ姿を証拠にしたいのでシャッターを押してくれと頼まれた。氏の注文もなかなかで、白馬岳山頂の標柱が一緒に入るように。日の出をバックに。今度は杓子岳も入れてくれ…など何枚も撮らされた。
それにしても記録というならまだしも、山に登った証拠とはねえ…。お返しだと言って、頼みもしないのにパチリと1枚だけ撮ってもらった。後で見ると逆光で顔も何も見えず、証拠にも記念にもならない代物だ。
ところで、ここ白馬岳の山頂に鎮座する石造りの風景指示板にまつわる話は、新田次郎の小説「強力(ごうりき)伝」であまりにも有名で、昔からの山好きな人にとっては山頂に立つことよりも、これを一目見たいというのが目的になる。この小説の中身については端折るが、主人公の小宮正作が花崗岩でできたこの風景指示板の一部、重量50貫(187キロ)を担ぎ上げたというものだ。
今ならヘリコプターで麓から一飛びだが、それもかなわず人力に頼るしかない時代の逸話だ。もう半世紀も前に読んだ本だが、当時の社会や登山界の風潮、強力というプロフェッショナルのプライドや彼らの立ち位置など、興味深くまた興奮して読んだことをずっと忘れずにいた。その風景指示板の傍らに立ち、あらためて往時の苦労を想像する。ちなみに、逆光で誰ともわからぬ画像の主が手をついているのがこの風景指示板で、証拠にも記念にもならないが、思い出の一コマになったのは確かだ。
はるか10キロ先となるきょうの目的地となる朝日岳までの縦走ルートも確認できる
NHKで放送された「坂の上の雲」のエンディングで流れた小蓮華山に続く峰々が続く
白馬岳の風景指示板にまつわる話はあまりにも有名だ
証拠にも記念にもならないが…
