コラム・エッセイ
祖母~傾山縦走記㉕ 《~時の神頼み…》
おじさんも頑張る!~山の話あれこれ~ 吉安輝修祖母山の山頂は9合目の避難小屋からゆっくり歩いても15分ほどだが、助走なしのいきなりの登りということもありしっかりと汗をかいた。着ていたカッパのファスナーを下して前を開けてはいたが暑い。このままではいずれ汗で濡れてしまう。幸いなことに歩き出した時よりは雨の勢いも弱まり霧雨となったのでもう脱いでしまおう。
ところで山頂には石の祠(ほこら)がある。この祠こそ祖母山の由来につながるもので祖母岳大明神が祀ってある。そもそも祖母(おばあさん)とは誰かというと、定説としては神武天皇のおばあさんにあたる豊玉姫(とよたまひめ)だという。神武天皇が台風で難破しそうになった時、おばあさんの降臨したこの山に向かって祈ったところ波風が治まったことで祖母山と呼ぶようになったとのこと。なら祖父(おじいさん)は誰なのかというと天照大神(アマテラスノオオミカミ)の子ニニギノミコトとコノハナサクヤヒメの間にできた「山幸彦」だという。もう歴史というよりは神話だ。こんなことを言ったら怒られるのかもしれないがどう考えても想像力の世界だ。
古今東西では天動説、地動説論争などのように信じる者は科学の証拠に力ずくでも抗うが、いつか教科書は書き換えられる。それでも神様、仏様と崇める。人工衛星が地球を回り自動運転の車も現実味をおびる世となっても地震や大雨、台風などは所詮人の力ではどうにもならない脅威となり、土壇場では異常気象だ天変地異だと慌てふためき、ただ神仏に祈るしかないではないか。世はAIだIoTだと人工知能やネットが万能のごとく喧伝するが、節季や盆暮れ正月には自分の運勢が好転することを神仏に願うのも人の非力や成せる限度を悟っているからではないか。それなら恥ずかしがることもないのに一応はたった一人の山頂の周囲を見回し誰もいないことを確認し「もういいかげん雨が上がりますように」と祖母岳大明神に手を合わせた。
さあ、これからが祖母〜傾山縦走のスタートだ。晴れていれば遥かに傾山に続く山なみが見渡せるのだろうが相変わらずガスに包まれて視界はない。ただ、数百メートルのアップダウンが延々と8時間続き、エスケープできるのは黒金尾根と尾平越の二か所だけというのも昨夜小屋の中で再確認済みだ。山頂からは危うい岩場をいきなり200メートル急下降することも経験済みで、雨で濡れた岩は油断ができないと覚悟を決める。九州の山は登山道や道標の整備が悪いと言う人が多いが、ここ祖母山系も例外ではない。ただその分全身の感覚を研ぎ澄ました歩き方ができるのが良いのだが…。
岩場では邪魔なだけのストックをザックに収納して出発だ。その前にもう一度片手だけだが顔の前に立てて無事を祈った。「〜時の神頼み」かもしれない。

山頂には祖母岳大明神が祀ってある

山頂からはいきなり濡れて危うい岩場を急降下する
