コラム・エッセイ
祖母~傾山縦走記⑮ 《油断大敵》
おじさんも頑張る!~山の話あれこれ~ 吉安輝修山をやり始めると3点支持というのをやかましく言われる。特に岩登りでは4本ある手足のうち常に3つは離さないで体を支え、宙を動かしてよいのは1つだけというものだ。人は2本足で歩く時には足を上げた瞬間は片足だけ(1点)で体を支えていることになるが足元が安定しているというのが大前提だ。もしツルツルに凍った氷の上なら恐ろしくて足をつけたまますべらすように前に出すか近くに丈夫なものでもあれば手を出して支えるだろう。ましてや雨で濡れた岩場だ、3点支持はともかく動かす手や足を出来るだけ小さなモーションにして慎重を期す。特に岩場をクライムダウンする時は緊張する。登る時は手がかりや足がかりを先に目で確認できるが、上から見下ろしただけの下りではおよその見当しかつかない。半分くらいは行き当たりばったりのようなもので、安定していると思って足をかけた岩が動いたり滑ったりすると別の足がかりを探さなければならない。その際には足一本と腕2本で体を支えておかなければならない。
相変わらず無情の雨が続く。大障子岩からの急下降は標高差でわずか150メートルほどだったが緊張の連続だった。だが途中で一瞬だけガスが切れて奇跡的に祖母山や傾山に連なる山なみを遠望できた。後にも先にもこの時だけだったが九州の深山を納得した瞬間でもありご褒美にも思えた。
多少は傾斜もゆるんで岩から土になった。後ろ向きで下りていたがどうにか前向きになれそうだ。難所はクリアだ。これを下れば八丁越という峠だ。かたわらの灌木に一旦体を預けて体勢を前向きに変えることにしよう。飛び移るように体重移動をした瞬間、何と抱き着いた木と根こそぎ倒れこんでしまった。どうやら枯れ木に飛びついてしまったようだ。この時3点支持の原則を破って両手を差し出し、足も片方が宙に浮いた状態だから結果は想像に難くない。
急斜面で土は泥濘状態。踏ん張りもきかず5メートルちかくズルズルと滑り落ちたあげくにバランスを崩して一回転して止まった。これは世にいうところの「転滑落」だ。急峻な尾根のどちらかに落ちれば違う結末になっていたかもしれないが、不幸中の幸いということだろうか、枯れ木と一緒に倒れたところが土だったこともあり大きな衝撃を受けることなく、頭部をはじめ動けなくなるほど体にはダメージはなかった。
ほぼ逆立ち状態で止まったが背中のザックが重くて体を起こせない。ザックを肩から外してどうにか立ち上がれたが全身泥だらけだ。何と情けない姿になってしまったが、まあこれで済んだのは幸運だと思わなければならない。岩場では一瞬の油断が命取りになると緊張の連続だったが、先が見えたことによる気のゆるみもあったのだろう。まさに「油断大敵」だ。

一瞬だけガスが切れて奇跡的に祖母山や傾山に連なる山なみを遠望できた

全身どろだらけになって八丁越に立った=これで済んだのは幸運かもしれない