コラム・エッセイ
祖母〜傾山縦走記⑫ 《小さな誘惑》
おじさんも頑張る!~山の話あれこれ~ 吉安輝修「号外 突然の訃報」を予定外に長々と書いたが“正さん”の鎮魂でもあった。また奥方の淳子さんに“正さん”との出会いの感謝やお見舞いもできなかったことの懺悔の意味もあった。もちろんこれで長年のご恩を返せたとも思っていないしましてや供養にもなっていない。ただの思いつきではあったが文字にすることで自分の気持ちの整理はできたような気がする。
とはいうものの、読んで下さった皆様にとっては他人のプライベートな話題でもあり迷惑な話かもしれないと書きながら思っていた。それなら元の祖母〜傾山…に戻れば何かの足しになるのかといわれても、こちらもどう考えても無益なものだ。ただ、テレビや映画など身近に無かった子どものころに聞いた年寄りが語る昔話や、大人たちが話してくれる見知らぬ地のことなどを頭の中で勝手に想像を膨らませて総天然色で思い描いていたように、拙文でも、いや拙文だからこそ尚更に想像力を働かせて山の情景をイメージしていただければ幸いだ。…長い前置きになってしまった。
視界のない稜線歩きは特別に心が動かない。晴れていれば樹間から目指す傾山まで延々と連なる山なみを望むことができるはずだがそれもかなわない。
ポツリポツリと頭上の枝葉についた露がしたたるものと思っていたが、その間隔が早くなってきた。やれやれ雨だ。全くの予定外だ。落ちれば無傷では済まない岩稜となれば滑落というリスクが一つ増えた。それに地図上の距離はようやく序盤を過ぎたばかりで残りがはるかに長い。今夜の寝場所に選んだ祖母山九合目避難小屋の到着は日没間際と目論んでいるが取りつきでロスした分全く時間に余裕がなくペースを少々早目にして息を切らしてでも歩かないと真っ暗闇の中での行動となる。それに多少は水を飲んだしエネルギー補給もしたが背負っているザックの目方はいくらも軽くならずに肩に食い込みつらいところだ。
ルート上に大きな岩のくぼみを見つけた。上部が庇のようになっていて下は乾いている。この程度の雨ならこの下で濡れずにビバークできるかも…。今すぐに引き返せば明るいうちに下山できるぞ…。そんな小さな誘惑もあったことも白状しよう。
雨足が時折強くなる。ここでカッパを着るタイミングの駆け引きだ。いくらうん万円の透湿素材のカッパでもこの運動量では内側から濡れて不快極まりないのは経験済みだ。軽装備でゆっくりのんびりと歩くのならそれなりの効能も期待できるのだが…。どっちにしても全身濡れるのならもうしばらくこのまま行こう。歩き出して4時間。大障子岩が射程に入った。これを越えれば半分だ。

上部が庇のようになっていて下は乾いている。濡れずにビバークできるかも…

大障子岩が射程に入った。これを越えれば半分だ
