コラム・エッセイ
号外 突然の訃報 《正さんが亡くなったⅡ》
おじさんも頑張る!~山の話あれこれ~ 吉安輝修宮城夫婦と一緒に二泊三日で熊本や大分の旅をした思い出がある。一昨年のことで熊本地震から一年経っていたが、復旧もままならない被災各地の惨状を目の当たりにした。熊本城も制限区域はあったが崩れた石垣や屋根瓦の落ちた天守など遠くから見ることができるというので足を運んだ。駐車場から緩やかな坂を登る時にちょっと“正さん”の歩き方が変だなと感じた。
“正さん”は日本中の山を歩いていたことは十分に知っているし、ランナーとしても各地のレースで足跡を残している。その戦歴は両手で数えるレベルではない。それらレースでのエピソードを沢山聞かせてもらったが決してタイムを自慢するわけでもなく、他人の走り方を批評するわけでもない。それぞれのレースの雰囲気や参加した人達とのふれあい。離島の大会ならではの島を上げての歓待があることなどを事あるごとに楽しく聞かせてもらった。
奥方はもっぱら応援と運転要員。そして完走後のレース仲間との祝杯の段取りなどされていたことなどを聞くと、走ることはもちろんだが、それ以上に夫婦で周囲の人達を大切にされてきたんだなあと、あらためてお人柄を見直したものだ。
10年近く前の話になるが、そんな話の流れから西表島で開催される「やまねこマラソン」に誘ってもらって出場した、もちろん“正さん〟も走った。このマラソンが「走れ!おじさん」に変身する契機となり、とうとうフルマラソンのお誘いを真に受けて、おちゃらけではあるが無謀にも挑戦を繰り返す今日に至ったっていることも、忘れられない彼との大事な思い出だ。だから頭の中では“正さん〟は山男でありランナーのイメージしかない。
坂道を普段のペースで歩いているとみんなが遅れ気味だ。女房が「後のことを考えて歩かないと…」と何度か待ったをかける。特別に早歩きをしているつもりはなく「日頃の運動不足が原因だ」などと返したが、実は女房は“正さん”の異変を早々に気付いていたようだ。そういえば元々が細身の人だがさらに細く見える気がする。体調が悪いのか聞いても特に病気とかの話もない。でも何か歩みに力強さが無い気がする。
翌日は宮城夫婦と女房はくじゅう周辺の観光で、自分は1人で久住山や大船山、三俣山を巡るちょっと急ぎ足の山歩きを計画していた。夕方、待ち合わせの長者原に下山して合流したが、ちょうど“正さん”が階段を登っているところだったが、やっぱり歩みに力が無い。女房は“正さん”はかなり体調が悪いのではないかと心配している。宿で奥方にどこか悪いところがあるのではないかそっと聞いてみたが、年を取ってきたからだろうとどうも煮えた回答でない。
昨年の暮れになってようやく分かったことだが、かなり体力が落ちていたようで、その後は入退院を繰り返していたという。周りには心配するから決してこのことは口外するなと厳命していたという。
「頭の中では“正さん”は山男でありランナーだ」
「やまねこマラソンが「走れ!おじさん」に変身する契機だった」
