コラム・エッセイ
祖母〜傾山縦走記⑪ 《老婆心ながら…》
おじさんも頑張る!~山の話あれこれ~ 吉安輝修岩陰に座り込む先客はまだ20歳代の若者とみた。平日だし学生かもしれない。こっちもまさか人に出会うとは思っていなかったのでびっくりしたが、相手も驚きの表情だ。それでも一応は山での定番のあいさつをする。「こんにちわ。きょうは九合目の小屋までですか?」すると「くたびれて無理かも…」と弱弱しく返してきた。なんでもテントを持参しているので力つきたらテントを張るから何とかなると思うという。何とも情けない返答だ。若いのだから多少は粋がって「ちょっと一休み中」くらい強がりの声を聞きたかった。行けるとこまで行って寝場所を探すというのも、それはそれで山歩きの一つスタイルだが、もう少し具体的にキャンプ候補地があるのかと尋ねても的外れな回答だ。この人は大丈夫だろうか?と、ちょっと心配になった。
かたわらのザックを見てかなりの無理をしているなと感じる。どこまで歩くのかは聞かなかったが、祖母山を踏んで傾山までなら2泊の行程だ、そのザックはまるで冬山に行くのではないかと思うほどの大きさだ。傾山から五葉山や大崩(おおくえ)山まで足を延ばせばもう一泊となるが、それにしても尋常なサイズではない。どう考えても荷物が多い。おそらく尾根にとり付くまでの序盤戦でエネルギーを使い果たしたようだ。身に着けているものはそれなりのもので、全くの山の素人でもないように見えるがペース配分を誤ったか、そもそもの基礎体力の不足かもしれない。
老婆心で体調が悪いのか尋ねてみた。もし不調なら下山を勧めてサポートしようと思ったが「大丈夫です」との返事だった。しかし、この様子ならとても九合目の小屋まではたどり着けないだろう。本人が大丈夫というならそれ以上の転婆は焼けない。山に向き合うということは諸々の条件の中で自分の実力との駆け引きの世界だ。マラソンのように時間や順位を競うわけでもなく、疲れたら荷物を放り投げて寝転んでも誰にも気兼ねはいらないし、とがめられる筋合いのものでもない。どうも頼りない様子だがきっと何とかするだろう。きっと彼もMっ気があるのだろう。「じゃあ頑張って!」とエール送って先を急ぐ。
それよりも自分の心配だ。どうも天気が気になる。濃いガスの中で上空の様子は全く分からないが、さっきからポツリ、ポツリと落ちている。湿度100%の濃霧の中だ。頭上の枝葉の露が落ちていると思っていたが、どうやらこれは雨のようだ。これから障子岩、大障子岩と核心となる岩稜が続く。足元が濡れるのはちょっと辛い。とはいえカッパを出すほどでもない。
歩き出して3時間ちょっと。ほぼ垂直に切れ落ちる狭い岩尾根をたどって障子岩(1,409メートル)に立った。滑り落ちればタダでは済まない場所だろうが、樹木があるのと視界が悪いので足がすくむような高度感は全くない。

「この先の岩陰に若者が座り込んでいる=追い抜いて振り返る」

「ほぼ垂直に切れ落ちる狭い岩尾根=視界が悪いので高度感は全くない」
