コラム・エッセイ
防災はまちづくり? 《防災訓練が本番になったⅢ》
おじさんも頑張る!~山の話あれこれ~ 吉安輝修台風24号は災害時の情報共有の重要性や地区内の安否確認などの仕組みを試行するチャンスでもあった。そして翌週末の台風25号は再確認の機会となり、前回よりは気持ち的には余裕?を持って構えることができたし、なんとなく我がまちの防災の仕組みが形になっていく過程を体感できた。
もっともこの台風、前評判では日本海沖を東進することから、中心の右側にあたる山口県は暴風に見舞われる可能性が高いとのことだった。
山に囲まれた盆地で、防風という面では恵まれた地形からか「さあ来るぞ」「ぼちぼち吹くぞ」と身構えていた割には大きな被害もなく穏やかに通り過ぎていった。最後まで警戒していた消防団が主要道路をパトロールして現地対策本部は解散となった。
くどくなるが、台風24号で発生した国道434号の土砂崩れは全く開通の見通しがつかず、今も不便な状況は続いている。う回路もあるが、離合の難しい狭い道路にみんなが集中せざるを得ず、脱輪などの話を毎日のように聞く。
冬が来るまでにせめて片側通行にでもならないと重大事故にもつながりかねない。「死人が出るかも知れん」などと凍結した狭い坂道を想像しながら、世間話もふた言目にはこの話題に行きつく。
余計なことかもしれないが、この辺りでは道路もダムも完成から半世紀が経っている。公共インフラの寿命が話題になる昨今、橋の一部などは延命工事もしているようだが、急峻な山を削って拡幅した道路の法面はコンクリートを吹き付けて固めていても、いつの間にかヒビの隙間から木や草が生え、よく見ると全面が穴とヒビだらけのところもある。
素人考えだが、当初の設計強度などほとんどないのではなかろうかと疑いたくもなる。
右肩上がりが続いた高度経済成長期ならいざ知らず、人の数も経済も伸びしろを期待できない縮小社会などとささやかれるご時世では、国道、県道のみならず、市道も含めた長大な沿線のすべてを補修するなど不可能に近い。さらに無責任に言わせてもらえば半世紀前とは明らかに山の環境が変わっている。
かつては森林も手入れされて保水力はもちろん、下層木が表土をしっかりと保持していた。ところが放置された山は表土も流出し、山に足を踏み入れるとガラガラと崩れ落ちる始末だ。
責任はもちろん、山に暮らす我々にもあるのだが、身近な山の資源を必要としない社会の仕組みも問題かもしれない。
愚痴が長くなってしまった。人より猿やイノシシのほうが多いと揶揄(やゆ)される我がまち須金だが、防災というゴールの見えないテーマに少しずつでもその仕組みが出来つつあり、暮らす人たちもやかましいほど繰り返す防災訓練の案内に、意識が変わり始めていると実感している。

台風25号通過後、消防団が倒木などの処理をしながらパトロール

国道434号を完全にふさいだ土砂崩れ
