コラム・エッセイ
走れ!おじ(い)さん復活なるか2024
おじさんも頑張る!~山の話あれこれ~ 吉安輝修コロナ騒動で走るのも登るのも自粛していた4年間だったが、昨年の秋口から再開を“試みた”。ここで明確に再開したと威張って宣言したいのだが、この4年間の空白期間であまりにも体力、脚力、心肺能力の低下が甚だしいことを情けないほど体感し、とても再開という状況ではなくゼロからのスタートに近いものだった。
自慢になるかもしれないが、60歳を過ぎても毎年テントや寝袋など山道具一式や1週間分の食料を詰め込みゆうに20㎏を超える荷物を背負って北アルプスの峰々を歩き通す夢も叶えた。積雪期には毎年区間を決めてマイナス20度以下にもなる風雪の知床半島を根北峠から知床岬を目指し、知床岳を踏んでいよいよ岬が射程圏内というほぼ9割まで軌跡を延ばしてきた。
きっかけは長くてややこしくなるので端折るが、山歩きのために多少は脚力や心肺が強くなるかもと自己流のランニングをはじめた。もっともこれは50歳も半ばを過ぎて始めたことで、スピードなど全く気にしてなかったし、科学的というか合理的な練習など考えたこともないしチームとか同好会とも無縁だった。
それでも近隣のマラソン大会に出ると年代別ではトップ集団には入らずともそこそこでゴールできるようになりちょっぴり自信もついてきた。
そんな矢先にコロナ騒動だ。半年も経てば収まるだろうと高をくくっていたが、出歩くな、密を避けろとのお達しを愚直に守っていた4年間で本当に情けないほど脚力、心肺能力は落ちてしまっていた。この状態では走るのはもちろんテントを背負っての山歩きなどもっての外で、山中で動けなくなり遭難騒ぎにもなりそうだ。賢い年寄りはこの辺りで年相応の生き方を考え、体をいたわりながら僅かでも社会に恩返し出来ることはないかと模索するのだろうが、生来のMッ気からだろうか「まだできる!」「こんな筈はない!」と痛む腰や膝をさすりながら妄想が始まるからいけない。
ちょうど1年前に縁あって「ひらちゅうランニング」の末席に身を置く機会を得て、恥も外聞もなくよろよろと走り始めた。メンバーの多くは親子いや子や孫ほど離れ気おくれもするが、この1年で多少の成果も見え始めた。今シーズンは記録会で10キロを目標ペースで走れたし、先日あったひらちゅうの練習会では寿命を少し縮めた気もするが30キロをヨレヨレになってでも走りきれた。
ひらちゅうでは「挑戦」「目標」「学び」「夢」というフレーズを度々耳にする。子供のころ教室の前に貼られた馴染みの標語たちだが、当時は全く気にもしなかったし意味も理解できてなかったと思う。
それらをこの歳にして末席で頷きなが聞いている。もっとも加速度的に身体能力が落ちていくことを実感する中でいつまでも無謀な夢を見続けてはならないだろうが、どうせ後が少ない人生だ。
もうしばらくは「走れ!おじ(い)さん」への夢と目標に挑戦してみよう。

今シーズンになって10キロメートルを目標タイム、キロ当たり5分を切って走ることができた

何年ぶりかで30キロという距離を走った:前半は多少の余裕もあったが…

途中の給水:ヨレヨレになって何とか30キロを完走したが寿命が縮まったかも
