コラム・エッセイ
祖母~傾山縦走記⑧
おじさんも頑張る!~山の話あれこれ~ 吉安輝修しばらくはザックの上に座り込んで立ち上がる気力も失せていたが、いつまでもこのままではいけない。気を取り直して立ち上がり、よいしょっと掛け声をかけてザックを背負って仕切り直しだ。
登山口に向けて下っていると目印のテープがぶら下がっている分岐を見つけた。やれやれ、これを見逃したばかりにとんでもない労力と時間を費やした。時計を見るともうすぐ10時だ。2時間近くもロスしてしまった。
きょうの予定は祖母山の9合目に建つ避難小屋までだが、黒岩山(1,204メートル)障子岩(1,409メートル)大障子岩(1,451メートル)と1,200メートルから1,400メートルあたりを200メートル程のアップダウンを繰り返しながら続く障子岩尾根を歩く。もちろん初めてのルートなので地形図だけでは詳細な様子は分からないが、大昔に買ったガイドブックでは健脚者ルートで、しかも険しい崖が続き転落には細心の注意が必要とある。
穂高に続く尾根筋のように標高が高く、森林限界を超える岩稜となれば見るからに危なっかしいが、きょうの障子岩尾根は、稜線付近にはガスがかかっていて“岩尾根”を仰ぎ見ることはできない。しかも緯度の低い九州の山だ。深い樹林が上部まで覆っているのでなおさらそのイメージはつかめない。
それにしても単純に引き算をしても1,300メートル以上も高度を稼がなければならないしアップダウンも多い。決して楽でもないし気も抜けないルートなのはわかっている。あとは時間の問題だ。
このルートを休憩込みの8時間で歩くと目論み、当初は朝の8時に歩き出しても夕方4時には到着できる計画だった。ところが2時間遅れという大誤算だ。秋分の日に近いこの時期は昼夜の時間が同じで日の出が6時で日の入りが夕方6時と計画をしやすいのだが、すでに10時を回り8時間かければ到着は日没ギリギリということになる。でもヘッドランプもあるし予備電池もあるので手探りで進むようなことはない。もし力尽きて辿り着けなくてもザックにはツエルト(簡易テント)もあるし水も4リットルある。何とかなる。
一人歩きの良いところはこんな計画をしても誰もとがめる人がいないことだ。少々の冒険ができるのは良いとしても、抑える人がいないので妥当な判断なら問題ないが、無理をしすぎるというきらいはある。
そういう意味では自分の事とはいえ全責任を取る判断を絶えずし続けることになり、以外と忙しくあれこれ考えながら歩いている。とっかかりにつまずいてしまったが、これでスイッチが入った。
登山道は造林帯を横切りながら支尾根に取りつき、ぐいぐいと高度を上げていく。苦しい登りが続き全身から汗が噴き出てくる。額の汗を首にかけたタオルで拭きながら歩みは止めずに一歩一歩進む。入山初日のこの登り始めの1時間が苦しい。ペースを落としたいが日没時間との駆け引きでOKが出ない。

「森林限界を超える岩稜となれば見るからに危なっかしい=大キレットから北穂」

「稜線付近にはガスがかかっていて“岩尾根”仰ぎ見ることはできない」
