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80年前の下松市制施行に思いはせて 随想記「秋の夜話」復刻版を発行 ものづくりの街の隆盛つづる
地域下松市下松市は市制施行80周年を記念して、1939年の市制施行前後の市内の様子を記した随想記「秋の夜話」の復刻版を発行した。ほしらんどくだまつ1階の市立図書館で1冊450円で販売しており、長弘純子館長は「みんなで力を合わせて下松市の新しい道を切り開こうとした当時の様子や雰囲気に触れてほしい」と話している。
「秋の夜話」は1917年に下松大工業都市建設計画をぶち上げた実業家、久原房之助氏(1869―1965)に賛同し、同計画の中止後も地域振興に手腕を発揮した実業家の矢島専平氏(1876―1955)が執筆した随想記。
実物はB4判の18ぺージで、写真はなく、もっぱら文字だけの冊子。存在は知られていたものの長らく行方不明で、市内の地方史研究家からは「幻の随想記」と呼ばれていた。
しかし3年前、市立図書館が建て替えで引っ越した後に長弘館長らが荷物を整理していたところ、偶然「秋の夜話」の実物が発見された。行政関係の文書などと同じ箱に入れられ、保存状態は良好だったという。
この報告を受けた国井市長は「当時の様子が目の前に広がるような感覚に心が躍った。この感銘を市民と共有したい」と復刻版の発行を市立図書館に指示した。下松地方史研究会(弘中義雄会長)の協力で現代語の訳文もでき、11月2日の市制80周年式典に合わせて発行した。
復刻版はA4判58ぺージ。表紙と裏表紙には1917年ごろに撮影された下松市の航空写真を載せた。巻頭に国井市長のあいさつ文を載せ、原本はそのまま黄色の着色紙に転載。その巻頭は「これは下松が市に成るに付て過(すぐ)る日二三の親しき郷友と昔語りの無駄話しせしを書き流せしものなり。御覧下さると否とはお気まかせ」と、軽快な書き出しで始まっている。
文中には「徳山にも新工場がだんだん出来てきた。それなのに下松地方は何の音沙汰もない。不思議でならない」や「実に理想的な天下の良港で、七、八十間も突き出せば、ゆうに一万トン級の汽船を横づけすることができ、陸上には人口二十万の都市が既に約束されたような心地がするのである。ここにおいて、この天の恵みである地の利をもってして工業が勃興しないわけがないとの堅い信念を得た」など徳山に対抗心を持ちつつ、下松の大都市建設に相当な信念と見通しを持っていたことがうかがえる。
さらに久原氏の尽力で日立製作所の前身の日本汽船を下松に誘致したことや、久原氏が自身の挫折した計画の復興を義兄で日産コンツェルン創始者の鮎川義介氏(1880―1967)に託し、東洋鋼鈑の誘致や下松工業学校(現下松工高)の設立につなげたことも紹介している。
巻末には当時の防長新聞や関門日日新聞が下松市制施行を伝える記事や各企業、団体の協賛広告を掲載。さらに「大下松大観」に収録されいていた当時の下松の鳥瞰(ちょうかん)図をA3判に復刻して掲載している。
300部発行し、現在までにほぼ3分の1が売れている。市立図書館内には関連資料の展示コーナーを設けている。問い合わせは同図書館(0833-41-0093)へ。
